第26話
天井から糸を伸ばし、全ての蜘蛛が下りてきた。壁に張り付いていた蜘蛛も、跳ねるように地面に降り立ち、ガルムに向かってくる。
それは白い塊となって襲い掛かり、ガルムを飲み込もうとした。
「うるあああああああああーーーーーー!!」
ガルムが振るった斧が、蜘蛛の波を弾き飛ばす。数十匹の蜘蛛が引き裂かれて宙を舞い、振り下ろした一撃で更に多くの蜘蛛が死ぬ。
ガルムは止まらない。蜘蛛が突進してくる以上の勢いで突進し、目の前の敵を蹴散らしてゆく。
「嘘だ……」
天井から逆さまに吊るされている、セレスティが呟いた。
彼女は糸で拘束され、自由に動くことはできない。だが毒などは受けておらず、意識はハッキリしていた。
それでも、目の前の光景をにわかに信じることができない。
蟲を次々と蹴散らしているのは、もっともランクが低いはずの男。しかも斧を使っているとはいえ、蟲の体を軽々と斬り裂いている。
「そんな……魔法で強化されたマリアでも斬れなかったのに……」
その強さは異常だった。
蜘蛛たちを、まるで小さな虫を踏み潰すように殺していく。戦慄さえ覚える戦い方に、セレスティはA級冒険者並だと思った。
「いいえ……A級どころじゃない。それより遥かに上……まるで――」
セレスティは子供の頃、母親がしてくれた
「まるで、英雄……アトラスみたいな……」
ガルムは振るっていたバトル・アックスを止め、空中でくるりと回して、そのまま振り下ろす。
刃の部分が地面に突き刺さり、斧は逆さまになって自立する。
辺りには、蜘蛛の死骸が散らばっていた。もう、動くものはいない。巨大な蜘蛛を除いては。
「余裕で見学してたみたいだけど、残ってるのはお前だけだぞ!」
白い体に不気味な紋様を浮かべる蜘蛛の〝主″は、顔についている複数の眼でガルムを見据える。
「ふんっ! まあいい、一撃で終わらせてやるよ!!」
ガルムは地面からバトル・アックスを引き抜き、両手で構えた。
足を力強く踏み込み、大蜘蛛との間合いを一気に詰める。蜘蛛はわずかに反応するが、ガルムの速度についていけない。
ガルムは天井付近まで飛び上がり、バトル・アックスを振りかぶる。
「もらった!!」
頭に向かって斧を振り下ろす。その刹那――
全身に悪寒が走る。猛烈に嫌な予感がしたガルムは斧を止め、空気を蹴って後ろに飛ぶ。【天空神ヘルメスの足鎧】のスキル〝空中歩法″だ。
ガルムが引いた瞬間、大蜘蛛の体から紫色の霧が噴き出す。
それは猛毒の霧だった。クレイの近くに着地するが、限られた洞窟の中では毒の霧が蔓延してしまう。
「くそっ! これじゃあ、どのみち吸っちまう!!」
ガルムは【鬼神ヴェデルネスの手甲】により、傷を負っても治すことができる。だが、毒など状態異常は対処できない。
――神経性の毒か……アトラスの鎧があれば防げるが、このまま長引くとマズイかもしれない。
ガルムが隣を見ると、クレイが蒼白な顔をして大蜘蛛を睨んでいる。
「クレイ! 大丈夫か? 毒が広がってるぞ」
「心配ない、俺の着てる鎧は状態異常を軽減できるんだ」
「そうか……だったら、みんなを連れてここを出てくれ。あいつは俺が全力で止めるからよ!」
「一人で戦う気か?」
「まあな、あいつの相手をできるのは俺しかいないだろう!」
そう言ってガルムは地面を蹴り、大蜘蛛に突っ込む。バトル・アックスを振り上げ、斬りかかるが――
蜘蛛の周りに無数の魔法陣が出現する。パチッと火花が散ったかと思うと、霧に引火し爆発した。
ガルムはまともに衝撃を受け、後ろに吹っ飛ぶ。
「がはっ!」
体を地面に打ちつけ、転がってゆく。なんとか立ち上がるが、蜘蛛の攻撃方法に驚きを隠せない。
――全方位攻撃魔法。速さで俺に勝てないと分かっているのか? しかも、霧が可燃性で、引火すると爆発しちまう!
ガルムは歯ぎしりして大蜘蛛を睨む。
もう一度攻撃しようと突っ込むが、また毒の霧を噴射してきた。
「くっ!!」
ガルムは左腕で目をかばい、何とか耐えてやり過ごそうとする。霧を抜けて斧を振るおうとすると――
目の前には多重の魔法陣が展開されていた。
「くそっ! 速い!!」
魔法陣から火の魔法が放たれ、霧に引火して大爆発する。
ガルムは爆発をまともに受け、10メートル以上吹き飛ばされた。岩壁に激突して、膝から崩れ落ちる。
「が……はっ……」
自分の手を見ると、小刻みに震えていた。
――神経毒が効いてきてるんだ……だんだん体に力が入らなくなってきてる。
このままじゃマズイ……そうガルムが考えた時、目の前にクレイが立ち、蜘蛛に向かって大きな盾を構えた。
「クレイ!」
「一人じゃキツいだろう、俺が盾になる! 俺なら毒の霧にも爆発にも耐えられるからな!」
「そうかもしれないが……危険だぞ」
「おっさんにだけ任せられるかよ! 俺の後ろに入れ、必ず蜘蛛の元まで近づいてやる!!」
クレイの覚悟を感じて、ガルムも頷く。
協力して蜘蛛に向かい合おうとした時、
「ちょっと! 二人で盛り上がってないで、私を助けなさいよ!!」
ガルムが見上げると、体を糸に巻かれたセレスティが天井から吊るされていた。
「あんな所にいたのか……」
ガルムは生意気な少女が無事だったことに、ホッと胸を撫で下ろす。
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