第25話

 その光景を見たヴァンは目を疑う。



 「なっ!? まさか……!」



 蜘蛛は魔法陣から火の玉を放ってきた。ヴァンたちの周りに次々と着弾し、爆発炎上していく。


 クレイは盾で身を守るが、他の仲間を守ることができない。


 マリアとソフィアは吹き飛ばされ、直撃を免れたのはヴァンとアンバーだけ。



 「くそっ! 魔物が魔法を使うなんて……」



 クレイは歯ぎしりする。周りを見渡せば、ヴァンは膝を着き、地面に突き刺した剣でなんとか体を支えていた。


 アンバーもボロボロで、立っているのがやっとの状態。


 ――まともに戦えるのは俺ぐらいか……だけど、こっからどうすりゃいいんだ!?


 クレイが唇を噛んでいると、蜘蛛の一匹がヴァンに向かって糸を吐きかける。力が残されていないヴァンは、糸をかわすことができない。


 

 「ヴァン! くそっ! アンバー、ヴァンの糸を焼き切ってくれ!!」


 「う、うん……」



 ふらつきながらアンバーが杖を構える。


 杖の先に炎が灯り、絡み付いた糸に向けると、ヴァンが首を横に振った。



 「アンバー……」



 ヴァンの意図に気づいたアンバーはハッとして、魔法を放つのをやめる。



 「なにしてるアンバー! 早くヴァンを!!」



 アンバーが躊躇したことで、周りにいた蜘蛛がヴァンに襲いかかった。次々と噛みつき毒を注入してゆく。



 「ぐ……あっ!」


 「ヴァン!!」



 ヴァンがやられる! クレイはアンバーの行動が理解できなかったが、それ以上に信じられないことが起こる。


 アンバーがあろうことか杖をガルムに向け、炎の魔法を放ったのだ。



 「ガルム……あとは……お願い……」



 そう言って、アンバーも力尽き地面に倒れた。


 炎はまっすぐにガルムに直撃し、体に巻き付いた糸を燃やしていく。



 「あちゃちゃちゃ、熱いーーーー!!」



 糸は粘着力を失い、拘束力が弱まる。ガルムは糸を引き千切ると、慌てふためいて火を消した。



 「あー、熱かった!」



 ガルムはパンパンと火の粉を払い、辺りを見回す。


 ヴァンやアンバーが倒れ、地面には炎が広がっていた。この迷宮の〝主″のような巨大な蜘蛛が洞窟の奥に鎮座する。



 「あいつを倒せばいいのか」



 ガルムは〝主″のような蜘蛛を睨みつけた。



 「……なんでだ?」



 クレイは立ち尽くしている。――分からない……なぜアンバーはヴァンではなく、あんなおっさんを助けたんだ?


 仲間は全員倒れた。


 燃え広がる火を、クレイは絶望的な気持ちで眺める。そんな時、歩いている人影が目に入った。ガルムだ。


 火がまだ消えておらず、蜘蛛が何十匹もいる場所にまっすぐ歩いて行く。



 「おー、これなら丈夫そうだ。丁度いい!」



 ガルムがそう言って手に取ろうとしたのは、マカオスの〝バトル・アックス″だ。


 五十キロ以上の重さがあり、扱えるのはマカオスのような屈強な男だけ。ガルムでは持ち上げることもできない。クレイはそう思ったが――



 「よっと!」



 ガルムは片手で軽々と持ち上げた。



 「なっ!?」



 重厚なバトル・アックスを肩に乗せ、首をコキコキと鳴らす。周りを囲む蜘蛛が距離を詰めてくる中、いっさい動じる様子もない。


 一体の蜘蛛がガルムに向かって飛び掛かる。


 クレイが危ないっと思った瞬間、



 「邪魔だ」



 ガルムが斧を軽く振る。クレイには一瞬、蜘蛛が消えたように見えた。


 なにが起きたか分からなかったが、10メートル以上先の岩壁に、ぐちゃぐちゃに潰れた蜘蛛の残骸を見つける。


 

 「な、なにを!?」


 「クレイ! 蜘蛛は俺がなんとかする。ヴァンたちを頼む!」



 ガルムはそう言うと、武器を両手で持ち、周りにいる蜘蛛に向かって突進する。


 クレイはその速さに驚愕した。


 気を抜けばガルムの姿を見失うかと思うほどの速度。あれほど素早かった蜘蛛ですら反応できない。


 ガルムはバトル・アックスを大きく振りかぶり、目の前にいる蜘蛛に向かって振り下ろす。


 斧は蜘蛛の頭を割り、地面に達すると岩を爆散させるように吹き飛ばす。


 砕けた岩が飛び散る中、周りにいる蜘蛛が一斉に飛び掛かってきた。ガルムが斧を横に振ると、二匹の蜘蛛がまっぷたつに裂ける。


 別の蜘蛛たちが〝糸″を吐き出す。だが、そこにガルムはいない。


 すでに蜘蛛の背後に回り、斧を構える。



 「二度も喰らうかよっ!!」



 振り抜いた斬撃は、いとも容易く蜘蛛を斬り裂く。


 天井から蜘蛛が次々と降り立ち、ガルムに向かって炎の魔法を放とうとするが、あまりの移動速度に追いつくことができない。


 ガルムは斧を振り回す。それは素人の不格好な攻撃。


 斧など使ったことがないガルムは、正しい使い方など知らず、ただ振り回すことしかできない。


 だが、その恐ろしい速さと威力は、蜘蛛を蹂躙するには充分だった。


 蜘蛛の肉片が空中を舞う。叩き潰され、切り裂かれ、蹴り飛ばされ、何もできずに死んでいく。理不尽なまでの暴力。


 蜘蛛が持つ毒の牙も、炎の魔法も、その男に当たることはない。一方的な殺戮に、蜘蛛はただ数を減らしていくだけだった。



 その光景を、クレイは呆然と眺めている。



 「なんだ……なんなんだ、あいつは……」



 突然現れた邪魔なおっさん、ランクは低く、役に立つようにはとても見えない。なのにヴァンたちからの信頼は厚い。


 クレイはハッとして、ヴァンやソフィア、アンバーの言葉を思い出す。



 『ガルムは、ああ見えて強いんだ。必ずパーティーに利益になる』


 『おっさんだけどね~、意外に頼りになるんだよ』


 『ガルムさん……絶対必要なメンバーだと思います……私は……』



 クレイは改めて、目の前で戦う男に視線を移す。



 「俺が……間違ってたのか……?」

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