第22話

 「セレスティ、やめないか」


 「だって……」



 マリアに諭され、シュンとするセレスティ。ガルムも散々に言われて、意気消沈していた。



 「すまない。だが、ここは魔物の巣窟だ。私たちも全員を守りながら戦うことはできない、そのことは理解してほしい」



 真剣な眼差しで言うマリアに、ヴァンが答える。



 「分かっている。それに俺たちも守って欲しいなんて思ってない」



 後ろに控えるソフィアやアンバー、クレイも当然とばかりに頷く。



 「俺たちは確かにCランクだが、実力で劣ってる訳じゃねー! 弱いのは、そこのおっさんだけだ!!」


 「な、なにっ!?」



 クレイの言葉にガルムが憤る。



 「だれが弱いだ! だれが!!」


 「事実を言ったまでだろう!」


 「なんだと! このデカブツが!!」


 「ああ!?」



 ガルムとクレイが「ぐぬぬぬ」と睨み合うのを見て、マリアがクスリと笑う。



 「確かにそうだな……ランクと実力は必ずしも一致しない。君の言う通りだ、すまなかった」



 素直な謝罪に、クレイは赤くなり目を背ける。



 「お、おお、分かればいいんだ」


 「じゃあ、私たちは先に行くよ。君たちを見くびる訳じゃないが、それでも気をつけて」


 「ああ、ありがとう」



 マリアの忠告に感謝したヴァンは、去っていく〝水無月″の背中を見送った。


 最後にセレスティだけが、ガルムに向かって『べー』と舌を出す。挑発されたガルムは一人で憤慨していた。



 「――ったく、どっちが子供なんだか分かんねーぜ!」



 ガルムを見ながらクレイが愚痴る。それをいさめながら、ヴァンたち〝大鷲″は薄暗い洞窟の奥へと足を速めた。



  ◇◇◇



 「それにしても何でそんな安物の剣買ったのよ!? 恥ずかしいわね!」


 「いや、けっこう高かったんだよ! くそっ、武器屋に粗悪品つかまされた!」


 「人を見る目が無いのよ! ガルムは」


 「なんだと! 俺は被害者だぞ!」



 ソフィアとガルムが言い合っているのを、一番後ろを歩くクレイが見ていた。


 なぜヴァンがあんな男を信用するのか、クレイには理解できない。どう見ても優秀な人間には見えないからだ。


 何より納得できないのは、ソフィアやアンバーもガルムを慕っていること。


 ――あんな奴の、どこがいいって言うんだ?


 腹を立てるクレイだったが、ヴァンが適当なことを言う人間でないことも分かっていた。


 ――くそっ! まあいい、俺があいつを認めなきゃいいだけだ。そしたらまた元通り……四人でやっていける。


 迷宮を進みながら、クレイはそんなことを考えていた。



 ◇◇◇



 坑道から迷宮に入って一時間。下に向かって歩いてゆく一行は、蟲のような魔物を倒し続けていた。


 ギルドが判断した通り、B、Cランクの冒険者で対応できる魔物だ。だが――



 「だんだん魔素が濃くなってきたな……。迷宮の最奥が近いようだ」



 先頭を歩くマカオスの言葉に、他の〝アルバトロス″のメンバーも同意する。明らかに出てくる蟲の魔物が強くなってきたからだ。


 暗い洞窟の奥から、カサカサと壁面を這いながら巨大なムカデが現れる。



 「また変なのが出てきたぜ!」



 マカオスがバトルアックスで壁に斬り込むと、ムカデは恐ろしい速さでそれを回避した。地面に落ちた所を、ゴラムがハンマーを叩きつける。


 だが、素早く動き回り、その一撃をかわしてしまう。


 

 「ちょこまかとっ!」



 ゴラムが青筋を立てて睨みつける。


 〝アルバトロス″のメンバー、フェリックスが大剣を振り下ろした。ムカデの尻尾を切断すると、ムカデは声にならない悲鳴を上げ苦しみだす。


 動きが止まったのを見逃さず、同じく〝アルバトロス″の一人ダビが拳を握り込む。その拳には鋼鉄でできたナックルがはめられていた。


 屈強な腕から繰り出される剛拳は、ムカデの頭を叩き潰す。


 地面には大きな窪みができ、ピクピクと痙攣するムカデの体だけが残された。



 「この先だな」



 ダビの視線の先には、深い闇へと続く大きな穴が空いている。そこが、この迷宮の終着点なのだろうと、マカオスたちは確信した。



 ◇◇◇



 「むせ返るような〝瘴気″だな」



 ローザが顔をしかめながら洞窟の奥を見る。



 「アルバトロスとは少し離れてしまったな……。先を急ごう」



 マリアが先頭を切り〝水無月″の四人は小走りで洞窟を進む。


 〝アルバトロス″のメンバーは、他のパーティーとは連携を取らず、先へ先へと進んでいた。


 辺りには彼らが倒した蟲の死骸が点々と転がっている。


 ――彼らの実力なら心配ないだろうが、万一があるからな。


 そんなことを考えて走っていると、洞窟の先から只ならぬ気配を感じた。マリアが急に足を止めたことで、他のメンバーにも緊張が走る。


 マリアは右手を上げ、合図を送る。


 慎重に進むと、開けた空間に辿り着いた。松明をかかげるが、その深い闇を見通すことができない。



 「セレスティ! 明かりを」


 「分かった!」



 マリアに頼まれ、セレスティは持っていた杖を高々とかかげる。



 「あまねく光の精霊よ。我にその力を貸し与えよ」



 杖の先についた水晶に光が集まり、大きな光の玉となって上空へと昇ってゆく。


 天井に近づくと、弾けるように光が広がって辺り一面を照らす。その光景に〝水無月″のメンバーはゴクリと息を飲む。


 半球形の開けた空間。天井と岩壁に、白い蜘蛛がびっしりとへばりついている。優に数百匹はいた。



 「なに……これ、気持ち悪い!」



 セレスティが口を押えた。おぞましさのあまり顔を歪める。


 それはマリアやローザ、カルバンも同じだった。

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