第三章 迷宮に蠢くもの

第16話

 「よし! 今日から新生〝大鷲″のスタートだな」



 ヴァンが仲間を見渡し、意気揚々と言う。


 ヴァン、ガルム、ソフィア、アンバーの四人は、商業ギルドの一階にある掲示板の前に集まっていた。


 ガルムがメンバーに正式に加わった後、初となる仕事を何にしようかと全員で話し合っている所だ。



 「これがいいんじゃない?」



 ソフィアが指さしたのは、薬として使われる花の採取だ。



 「う~ん、報酬が低いな……。その上、自生している場所がここから遠い」



 否定的な意見のヴァンが、違う依頼書に目を留める。



 「これなんてどうだ? 下水道に出る巨大ネズミの駆除依頼だ。報酬もけっこう高いぞ!」


 「おお、いいね。報酬が高いのが一番だ。これにしようぜ!」


 「絶対イヤ!!」


 「わ、私も……」



 ヴァンとガルムは乗り気だったが、ソフィアとアンバーは断固拒否した。



 「う~ん……そうなると」



 ガルムは掲示板の右隅にある、一枚の依頼書に目を向ける。



 「お、これ……いいんじゃねーか?」



 それは貴族が出したペットの捜索依頼だった。報酬は高く、いなくなったとされる山もここから近い。



 「うん、悪くないな」


 「私も賛成! 逃げたペットって〝ジュエル・ラビット″でしょ、あれかわいいんだよね」



 おおむねメンバーに好評で、アンバーも異論がないようだった。



 「じゃあ、これで!」



 ガルムは依頼書を剥がし、ギルドの受付へと持って行く。



 「ジュエル・ラビットの捜索案件ですね。パーティー〝大鷲″が依頼を受けることを承認します。よろしくお願いしますね!」

 


 受付嬢から依頼の詳細が書かれた資料を受け取り、ギルド会館を後にする。



 「に、しても依頼難易度は〝D″か……結構高いな」



 ガルムが資料を読みながら呟くと、ヴァンは顎を触りながら考える。



 「恐らくジュエル・ラビットが逃げたとされる場所〝アボギ山″が問題なんだろう。小さな山じゃないからな」


 「そんなに広い山なのか?」



 ガルムが尋ねると、ヴァンが頷く。



 「かなりの範囲だ。それにウサギがまだ山の中にいるかどうかも分からない」



 もっともなヴァンの言葉に、ソフィアやアンバーは項垂うなだれる。掲示板の依頼書は、良い物から先に無くなってゆく。


 残っていたということは、それなりの理由があるということだ。



 「結構大変かもね。でも、なんでそんな山にペットを連れて行ったのよ!」


 「ああ、それは……」



 ソフィアの疑問に、資料を見ていたガルムが答える。



 「ここに書いてあるよ。依頼してきた貴族の別荘があるんだって、そこから逃げ出したらしい」


 「いいわね~優雅で。こっちは下水にいるネズミに会いに行くかもしれないってのに。あ~あ~、私の家も貴族だったらな~~」



 不貞腐れて愚痴るソフィアをよそに、ヴァンが切り出す。



 「とにかく大変な仕事であることは間違いない。各自、一旦家に戻って準備をし、またここに集合するぞ!」


 「おおっ!」


 「わかったわ」


 「……うん」



 ◇◇◇



 「よしよし、家に帰れたのは良かった」



 ガルムは自宅に戻るなり、床板の一部を剥がして中にある物を取り出す。そこにはゴミとして拾った、剣や鎧が置いてあった。



 「ここなら誰にも気づかれないしな」



 ガルムが手に取ったのは〝フラウガンの兜″だ。


 ――これがあれば【サーチ】の能力でウサギを見つけ出せる。

それと……。


 更に床下を漁り〝天空神ヘルメスの足鎧″を手に取る。


 ――ジュエル・ラビットは結構素早いって聞いたけど、これがあれば後れを取ることはないだろう。


 ガルムは足鎧を装備し、その上からブレー(長ズボン)を履いて目立たないようにする。兜を背嚢はいのうに詰め込み、背中に担いで家を出た。


 ――これで準備は万端だ。



 ◇◇◇



 「おー、悪い悪い。待ったか?」


 「遅いわよガルム!」



 ガルムが集合場所に着くと、他の三人はすでに来ていた。



 「やけに荷物が多いな……、その担いでるのは何だ?」



 ヴァンが不思議そうに聞いてくる。



 「ああ、ちょっとした準備だよ。気にしないでくれ」


 「そうか……まあいい。全員そろったことだし、出発するか」



 ジュエル・ラビットが逃げたとされるアボギ山までは、歩いて二時間ほど。ふもとに着く頃には昼を過ぎていた。



 「よし、取りあえず四方に別れて捜索しよう。すぐに見つからないと思うが、山の地形や様子を頭に入れておいてくれ」



 ヴァンの号令と共に、それぞれ散っていった。



 ◇◇◇



 「よし、これくらい離れればいいだろう」



 ガルムは背嚢から兜を取り出し、すっぽりと頭に被る。【サーチ】を発動すると、山の起伏が立体的にイメージできた。


 木々や花々、動き回る動物たち。その全てが手に取るように分かる。



 「前よりもサーチの範囲が広がってるのか?」 



 ガルムの脳内に、大量の情報が雪崩れ込んでくる。


 以前は半径1~200メートルほどしか索敵できなかったが、今は半径300メートル以上の範囲を索敵できる。


 ――これもレベルが上がった効果ってことなのか?


 地面を蹴り、一気に斜面を駆ける。〝天空神ヘルメスの足鎧″によって強化された異常なまでの走力。


 広大な山であっても、この速度で走り抜ければウサギの一匹や二匹、見つけ出すのは簡単だろう。ガルムはそう考えていた。


 だが、一時間ほど走り回っても、ウサギの気配すらない。



 「俺の担当する範囲にはいないってことか?」



 ――他のメンバーの所かな……。行ってもいいが、鉢合わせすると面倒そうだ。だけどウサギが見つからなきゃ、金も貰えないし……。


 色々思案するガルムだったが、結局、金が一番の男にとってやらないという選択肢はなかった。


 ――まあ【サーチ】で気をつけながら探せば問題ないだろう。


 ガルムは強く地面を蹴る。


 風を切り、粉塵を巻き上げながら、尋常ならざる速度で山を駆けた。

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