第14話

 宿屋の外にいたヴァン達はギョッとする。大きな音がしたので振り向くと、宿屋の壁をぶち破り、何かが飛び出してきた。


 一瞬、ガルムがられたのかと思ったが違っていた。


 飛んで行ったものを追いかけるように、ガルムが飛び出してきたからだ。まだソフィアによるアンバーの治療は続いている。


 ガルムのことが気になったヴァンだが、ここを離れていいか迷っていた。


 すると――



 「行って、ヴァン!」


 「ソフィア……しかし……」


 「ガルムが一人で戦てるんだよ! ほっとく訳にいかないじゃない」


 「……分かった」



 ヴァンは二人を残し、ガルムが飛び出していった方向へと駆け出す。


 夜だったが、月明かりもあり、ガルムをすぐに見つけることができた。木の下でたたずんでいる。



 「ガルム! 女はどうした?」


 「……逃げられた」



 ガルムは悔しそうに唇を噛む。ヴァンが見上げると、木の枝が折れ、幹の一部がへこんでいた。そこから根元にかけて、おびただしい血が付着している。



 「倒したのか!? あの女を?」



 ヴァンは驚く。自分が戦った感触は恐ろしく強い。女がAランクの冒険者だと言われても疑わなかっただろう。そう思いガルムを見る。


 服は裂け、体はボロボロのようだが、致命傷は無いように見える。


 唯一気になったのが――



 「ガルム……左手……」


 「ん? ああ」



 ガルムの手の平から血がしたたり落ちていた。



 「大したことないよ」


 「ソフィアに診てもらおう。アンバーも命に別状はないみたいだ」


 「そうか……それなら良かった」



 ガルムはそう言うと、安堵した表情を浮かべる。



 「ガルム。正直あんたが、あの女を倒せるなんて思ってなかった。あのままなら全員死んでただろう、本当に感謝してるよ」


 

 ヴァンが素直に感謝を伝えた。すると、ガルムは少し気恥ずかしそうに顔を赤くする。



 「ま、まあ、言っただろ! 俺は強いし役に立つってよ」


 「確かにそうだったな」



 ヴァンは笑って肯定する。



 「んじゃあ、二人の所へ行くか」


 「ああ、そうしよう」



 やわらかい月の光が照らす中、二人はソフィア達の元へと歩いていった。

 

 

 ◇◇◇



 同刻――


 背中から血を流しながら、ルイーザは暗い林道を歩いていた。


 命からがら逃げ出し、見つからないようにビクビクしながら辺りを見回す。今までの自分からは、考えられない無様な姿。


 両腕の骨は粉々に砕け、肋骨も何本か折れている。内臓も損傷しているようだ。


 蒼白の顔は、血と泥と恥辱にまみれ、プライドはズタズタ。


 これほどの敗北、これほどの屈辱を受けるなど思いもしなかった。歩くのもやっとでフラフラと足を進めながら、ルイーザは笑う。


 道沿いにあった木に背中を預け、ズルズルと腰を落とす。


 清々しい。自分より強い人間がいた。


 その事実だけで興奮してくる。ルイーザが見上げると、黒い葉の隙間から月明かりが見える。とても綺麗だと感じた。


 今までは、空を見上げることさえない。そんな世界に生きてきた。


 だが今は違う。ルイーザには明確な目標ができた。それが嬉しくて仕方ない。



 「確か……ガルム。そう呼ばれていたわね……」



 ルイーザの口元は緩み、目には狂気の光が宿る。



 「待っていて、ガルム……あなたは必ず、私が殺すから……フフフ……アハハハ」



 その歪な笑い声は、夜の闇へと溶けてゆく。



 ◇◇◇


 

 その後の処理は大変だった。


 夜明け前、荷を奪うため数人の男達がやって来た。ガルムとヴァンに取り押さえられるが、誰に雇われたのか口を割らない。


 仕方なく縛り付け、宿屋の一室に監禁する。


 自警団に引き渡すことを宿屋の主人と話し合っていると、死んだと思われたマッティオが現れた。


 ガルムやヴァンは眉をひそめる。確か女はボナル商会の従業員を全員殺したと言っていたはずだ。なぜマッティオだけが生きているのかと――



 「いえ、賊が襲ってきた時、ベッドの下へ逃げ込んで九死に一生を得たんですよ。いやー、危ない所でした」



 飄々たんたんと話すマッティオだが、どうにも疑念が拭えない。



 「それはおかしいな。あの女がそんなミスをするとは思えない」



 ヴァンがマッティオを睨みつける。



 「い、いえ、本当なんですよ! たまたま運が良かったんです」


 「なんか怪しいな~」


 「わ、私もそう思います」



 ソフィアとアンバーも疑いの目を向ける。ガルムも違和感を抱いた。女は間違いなく暗殺のプロだ。部屋に隠れた程度で見過ごすことはないだろう。



 「本当かどうか、じっくり話を聞こうか」



 ガルムは指の骨をパキパキと鳴らしながら、マッティオに詰め寄る。



 「ひ、ひいっ!」



 結局、女を手引きしたのがマッティオと分かり、縄で縛って荷を奪いに来た男達と同じ部屋に放り込んだ。


 今後のことを全員で話し合った結果、ガルムがレイフォードの街まで戻り、ボナル商会に今の状況を報告しに行くことにした。



 「すまないなガルム。怪我が無ければ俺が行くんだが」


 「いいよ、お前らは休んでろ。俺が応援を読んでくるからよ」



 そう言ってガルムは荷馬車から馬を離し、急いで街まで駆けて行く。


 半日ほどでボナル商会に到着して、ことの顛末てんまつを報告する。ボナル家の邸宅から、執事のブレナスが駆けつけてきた。


 すぐに指揮をとり、事態の収拾にあたる。


 その手際は早かった。街道の村に荷を取りにいくための従業員と、新しい護衛の冒険者を手配する。さらに賊を引き渡すため、街の自警団にも連絡を取る。


 村に残っていたヴァンたちも、馬車でレイフォードの街まで送り届けてもらうことになった。

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