第12話
壊れた壁の隙間から、柔らかい月明かりが女を照らす。
その姿に眉根を寄せるガルム。切れ長の目と、黒く長い髪。肩と腕、脛に黒い鎧を纏っているが、胸元や太ももは大胆に露出している。
不敵な笑みを浮かべながら、女はガルムに近づいてきた。
だらりと剣を垂らし、一瞬で間合いを詰めてくる。ガルムは剣を構えるが、女の斬撃を防ぎきれない。
――おいおい、嘘だろ! 何でこの女、俺より速いんだ!?
剣が顔をかすめ、ガルムの頬に一筋の傷が入った。ツーと血が滴り、ガルムの背筋に悪寒が走る。
――レベルは俺の方が高いはずだ……。なのに速さで追いつけないのは、やはり才能の差か……。
分かってはいた事実。ガルムは、たまたま拾った強力な装備でレベルを上げることが出来たが、本来は才能がある者だけが辿り着ける領域。
――ちっきしょう! だからって何で俺の所に来るんだよ!!
ガルムが振り回す我流の剣は、ことごとく空を切る。対して女の斬撃は避けきれず、何度も体を切りつけられた。
「いてぇっ!」
ガルムが振り払った剣が、宿の壁を切り裂く。
木片と粉塵が飛び散り、舞い上がる。女は余裕をもってかわし、ガルムから距離を取った。室内にもかかわらず、それを感じさせない身のこなし。
戦い慣れている。ガルムはそんな印象を女に抱いた。
「ガルム!」
ヴァンに肩を貸し、何とか立ち上がったソフィアが心配そうに見つめている。
「いいから行け! 俺にかまうな」
そう聞くと、ソフィアは無言で頷き、ヴァンと共に階段へ向かう。
「かっこいいわね、お兄さん。惚れちゃいそうよ」
「はっ! 俺を〝お兄さん″と呼ぶなら、お前もいい歳じゃねーのか?」
「フフッ、減らず口ね。首を切り落とされても同じことが言えるかしら?」
女が踏み込む。恐ろしい速さで。
黒い刃の切っ先が首元へと滑り込んでくる。剣で防ぐのは間に合わないと思ったガルムは、とっさに左腕を出す。
女の剣が、ガルムの腕に当たった瞬間。キイィィンと甲高い金属音が鳴り響いた。訝しい表情を浮かべて、女が後ろに飛び退く。
「何か仕込んでるの?」
切りつけられたガルムの袖が、はらりと下に落ちる。そこから見えたのは、腕に付けられた手甲。黒い下地の上に、金色の紋様が描かれていた。
その防具を一目見て、女の眉がピクリと動く。
――あっぶねー! 【鬼神ヴェデルネスの手甲】を着けてきて正解だったな。これが無かったら、もう死んでる。
ガルムが首を切られた時、手甲の〝自動回復魔法″が発動し、一命を取り留めていた。
意識を取り戻すと、倒れているアンバーに駆け寄り、その腕に手甲をはめる。
〝自動回復魔法″は問題なくアンバーの体を癒し、何とか命を繋ぎとめた。
――こんなことなら【天空神ヘルメスの足鎧】も着けてくりゃあよかった……。速さであの女を圧倒できたのに……。やっぱり調子に乗ったらロクな目に遭わないってことなのか?
ガルムは〝ヴィーダルの森″に行った時も、調子に乗って奥まで進み、やたら強い魔物に出会ってしまった。
自分は調子に乗ると、酷い目に遭うようだと反省する。
――神様、ヴィーダルの森でも言いましたが、今度こそ本当に謙虚に生きていきます。都合のいい時だけ祈るのもやめます。だから、どーか生きて帰れますように!
ガルムの祈りを込めた斬撃――っが、女には当たらない。紙一重でかわされてしまい、目の前の壁と床を破壊するだけだ。
【手甲】の
ガルムはそう考えたが、何度やっても虚空を切るばかり。
女は嘲笑うかのように、剣を振り抜き、ガルムの体を無数に斬りつける。
服は裂かれ、血が流れる。
体の頑丈さと〝自動回復魔法″があればダメージを負うことはない。
だが、ガルムは焦る。先ほどから立て続けに〝自動回復魔法″を使っているが、恐らく無限に何度も使える訳ではないだろう。
【覇王龍エルドラドの魔剣】も魔力を使い切ると、再び加護魔法が使えるようになるまで時間がかかった。
――この【手甲】も魔力が尽きれば、しばらく使えなくなるんじゃないのか?
もし回復魔法が発動しない時に致命傷を負えば、確実に殺されてしまう。ガルムは額に脂汗をかきながら、女の猛攻に耐えていた。
「あなた、傷が治ってるわね。もしかして回復魔法が使えるの?」
距離を取った女が尋ねる。斬りつけたばかりの傷が小さくなり、無くなってゆく。
「だったら、どうする?」
「フフッ、おもしろいわ。戦士のように見えるのに、魔法も使えるなんて……あなたを殺せると思うとゾクゾクする」
「ぬかせ!!」
横薙ぎ一閃。ガルムが振り抜いた剣が女に襲いかかるが、女は飛び上がり後方に回転してかわしてしまう。
獲物を失った剣は、宿の壁を切り裂く。
舞い散る木片を見ながら、ガルムは狭い屋内で戦うことに苦闘していた。
「うおおおおっ!」
全力で振り下ろした剣だが、女には当たらない。そのまま床に叩きつけると、バキンッと音がして長剣は根元から折れた。
「ああっ!?」
唯一の武器を失って絶望するガルム。それを見た女が床を蹴って向かって来た。
ガルムはどうしようもなく、拳を握り顔の前で構える。素手で戦うしかない。そう思い、覚悟を決めて女を迎え撃つ。
◇◇◇
「アンバー!」
地面に倒れているアンバーに駆け寄るソフィア。抱きおこすと微かに息がある。
だが腹部に酷い怪我をしていることに気づいた。ソフィアは急いで回復魔法をかけ、傷を塞ごうとする。
その様子を、少し離れた場所にいたヴァンが見ていた。左手で右腕を押さえ、立っているのもやっとな状況。
ヴァンは宿屋の二階に目をやる。
戦っている音が聞こえ、壁などが破壊されているようだった。ガルムはまだ戦っている。あの化物のような女を相手に。
その事実に驚くと共に、感謝もしていた。
ガルムがいなければ自分達は全員死んでいたと――
「おっさん……死ぬなよ……」
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