第11話

 ――何だ、この女……恐ろしく強いぞ。


 ヴァンは距離を取って黒ずくめの女を睨みつける。後ろにいたソフィアは杖を使い、回復魔法でヴァンを治そうとした。


 肩の傷は徐々に癒えるが、女は意に介していない。



 「ソフィア、隙を見て外に出るぞ。ガルムたちと合流する」


 「うん、分かった!」



 小声で話すヴァンとソフィアだったが、聞こえていたのか女が不敵に笑う。



 「あらあら、無駄よ。だって外にいる人たちなら、もう殺しちゃったもの」


 「なんだと!?」


 「ちなみに、この宿に泊まってる人たちも全員殺しちゃったから、後はあなた達だけなのよねー」


 「お前は……一体……」



 絶句するヴァン。商会の人を守れなかったうえ、自分たちの命も危うい。


 何とか逃げようと考えるが――



 「ダメよ。余計なこと考えちゃ。隙ができるわよ」



 気づいた時には、女は目の前にいた。右足が燃えるように熱い、そう感じたヴァンが太ももを見れば、剣が深々と刺さっている。



 「うっ……あ!」


 「ヴァン!?」



 ソフィアの叫び声を耳にしながら、片膝から崩れ落ちる。女のあまりの速さに驚愕したが、一思いに殺さないことに疑問を持つ。

 


 「なぜ、すぐに殺さない? お前なら容易たやすいだろう……」



 剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がる。ソフィアも必死に回復魔法をかけるが、傷が深すぎて追いつかない。



 「だって、つまらないじゃない。あなた達を殺しちゃったら、私の仕事は終わりなのよ。最後くらいは楽しまなきゃ」


 「なめやがって!!」



 ヴァンの体がうっすらと輝き【強化魔法】が発動した。ヴァンが得意とする魔法で、筋力を増強させ力や身体速度を上げることができる。


 足の痛みに耐えながら、ヴァンが女に斬り込む。



 「うらぁあっ!!」



 ヴァンの斬撃を女は余裕でかわす。渾身の力で振り下ろした剣も、女の持つ短い黒刀でいなされる。


 室内での戦いはヴァンの持つ長剣より、女の持つ短い剣の方が有利だが、そんなことを考えている余裕はない。


 ヴァンが必死で剣を振り回していると、女の姿が消える。



 「もう、そんなデタラメに振り回しちゃダメよ」



 耳元で囁く。女はヴァンの真後ろにいた。



 「くそっ!!」



 剣を振り抜くが、そこに女はもういない。



 「フフッ、私に当たったらどうするの? 女性には優しくしなきゃ」



 ――速い……何なんだ、この女……ここまで強ければ有名になっててもおかしくない。だがこんな奴、噂でも聞いたことが無いぞ。


 ヴァンは思考を巡らせる。――確か商人を殺した事を〝仕事″と言っていたな。



 「……暗殺者か……誰かに雇われて荷物を奪いに来たのか?」


 「ウフフ、そうね。でも詳しく知る必要はないわ」



 そう言うと、女はまたヴァンの視界から消える。戦闘職ではないソフィアを狙われるかもしれない。そう思ったヴァンは急いで振り返った。


 ソフィアの近くに女はいない。かわりにガタンと音がする。


 何だ? と思い視線を落とすと、そこには剣と腕が落ちていた。


 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、よく見れば自分の右腕が無い。それに気づいた時、腕に灼熱の痛みが駆け上がってくる。



 「うわああああああああああああっ!!」


 「ヴァン!?」



 ソフィアは切断された腕を見て狼狽うろたえる。ヴァンの腕からはおびただしい血が流れ、叫びながらうずくまっていた。


 自分が何とかしなければと思うソフィアだったが、手の震えが止まらない。


 おろおろしながらも、ソフィアは床に落ちているヴァンの腕を掴み、切断面を合わせて回復魔法をかける。淡い光が広がり、傷を癒す。


 Dランク冒険者であるソフィアの回復魔法なら、時間をかければ腕をつなぐことは可能だった。


 だが、敵である女が待っていてくれるはずがない。


 どうすることも出来ない現状に、ソフィアは涙を浮かべる。



 「誰か……助けて……」



 黒ずくめの女は笑みを浮かべながら廊下を進む。床には窓から入ってきた、かすかな月明かり伸びていた。


 に気づいたのは偶然。床に伸びる月明かりの中に、小さな影があったからだ。


 ハッとして女が振り向くと、何かが窓に突っ込んでくる。次の瞬間には、宿屋の壁は木っ端微塵に吹き飛び、空いた大きな穴から月光が降り注ぐ。


 粉々に砕けた壁から、大量の砂ぼこりが舞い上がった。


 手で口を覆い、女はその場を飛び退く。何が起きたのか分からなかったが、煙が収まると一人の男が立っていた。



 「ん? 間に合ったか」


 「ガルム!!」



 ソフィアの涙声が響く。女が殺したと言っていたので驚きもあったが、助けに来てくれたという安堵の方が強かった。



 「えーおかしいわね。確かに頸動脈を切ったはずなのに……どうして生きてるの?」



 女は不思議そうに首をかしげる。



 「テメー! ほんとに死ぬ所だったんだぞ!!」



 激怒するガルムに、ソフィアが叫ぶ。



 「ガルム! ヴァンが、大怪我で……」


 「大丈夫か!? すまん遅くなった。取りあえず、こいつは俺に任せてアンバーの元へ行ってくれ!」


 「アンバーも無事なの!?」


 「あいつも大怪我してる。応急処置はしたんだが、まだ動ける状態じゃない。ヴァンと一緒に見てやってくれ!」


 「まあ、あのも生きてるなんて……」



 黒ずくめの女は、さも当たり前のように無防備に近づいて来る。



 「こいつ!」



 ガルムが持っていた剣で、横に薙ぎ払う。女は高く跳躍してかわし、クルクルと回転しながら後方に着地する。


 女の身のこなしに、ガルムは目を見張る。



 「ぴょんぴょん動きやがって! 何もんだテメーは!!」


 「酷い言い方ね。淑女レディーに向かって言うものじゃないわ」


 「ガルム……」



 息も絶え絶えのヴァンが口を開く。



 「お前一人で……勝てる相手じゃない……逃げろ……」


 「おいおい、ベテランの冒険者の力を信じろよ。お前ら若い奴らを守るのも、俺の仕事の内だからな」

 

 「あら頼もしい。でも出来るかしら?」



 女が一歩踏み込んで来る。その速さは異常。ガルムの斬撃はかわされ、その間に肩と腕を斬りつけられる。



 「くそっ!」



 ガルムはたたらを踏んで後ろに下がる。



 「あらあら、硬いのね。こんなに体が頑丈な人、初めてだわ」



 黒刀についた血を指で拭い、それを舌ですくい舐める。



 「あなたに興味が湧いてきちゃった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る