第10話

 ガルムたち一行は、ブリテンド王国の南西部に位置する交易都市、チェンバーへと向っていた。


 馬車は田園風景の広がる道を通り、山合いを抜けて行く。


 元いたレイフォードの街から丸二日はかかるため、日が沈む前に街道沿いにある村に立ち寄り、宿泊することになった。



 「では、私は宿屋に行って手続きをします。皆様のための部屋も一つ取っておきますので、交代でお休み下さい」



 そう言ってマッティオは馬車を降り、宿屋に足を運ぶ。



 「交代って何だ?」



 伸びをしながら馬車を降りたガルムが聞くと、呆れ顔でヴァンが答える。



 「何言ってんだ。荷の護衛をしなきゃいけないんだから、夜中に交代で見張るんだよ」


 「ああ、なるほど……そりゃそうか」



 言われてみれば当然のことだとガルムは納得する。



 「明日の夜には目的地に到着する予定だから、夜の見張りは今日だけだ。最初はガルムとアンバーの二人で外に出てくれ」


 「アンバーと一緒か……」


 「その間に俺とソフィアが仮眠を取って、夜中の三時には交代する」



 そう言ってヴァンはソフィアと一緒に宿屋に向かう。辺りは暗くなり、ポツポツと村の家々に明かりが灯る。


 十数件ほどの民家しか無い、小さな村。


 そのわりには大きな宿屋だとガルムは感じたが、街道にあるため客自体は多いのだろうと思い至る。


 おどおどしたアンバーが「よ、よろしくお願いします……」と言ってきたので、ガルムも「よろしく!」と答えて監視する準備に取りかかった。


 冷えてきたので、薪と火種を宿屋からもらい、馬車の近くで火を起こす。


 小さな木箱を貸りてきて、椅子代わりにして暖を取る。


 ガルムの対面には所在なくアンバーが座り、無言で焚火を眺めていた。



 「しかし、こうやって馬車を見張るとなると大変だな。宿や馬車の中に入ると全体が見えねーし、こうやって離れた場所で監視するしかねーよな」


 「そ、そうですね……」


 「まあ、雨じゃないのがせめてもの救いか」


 「……はい」



 なかなかアンバーとの会話が続かないため、ガルムは焦り出す。


 ――まずい……。無言で何時間も過ごすのは、精神的に辛いからな。


 ガルムは何とか打ち解けようと、アンバーについて聞いてみることにした。



 「――へぇ、王立魔道学校出身なのか! エリートじゃないかアンバー。スゲーよな」


 「い、いえ……私なんて全然……」


 「いいなー、才能のある奴は……何の才能も無かった俺は、この歳になっても燻ぶったままだよ」


 「そんな……そんなことないと思います……」



 アンバーの言葉が尻つぼみに小さくなっていったのが気になるガルムだったが、まあいいか、と深く考えないようにした。


 するとアンバーが意を決したように口を切る。



 「ガ、ガルムさんは、どうして冒険者になったんですか?」


 「ん、俺か?」



 ゆらゆらと揺れる焚火の光が、二人の顔を照らす。



 「そんなの決まってんだろ! ランクを上げて大金を稼いで、有名になって、ちやほやされて、女にもてる。そのために冒険者になったんだ」


 「は、はあ……」


 「みんなそうだろう? アンバーは違うのか?」


 「わ、私は大魔導士アリシア様に憧れて……人々の役に立てればと……」



 アリシアは王立魔道学校を卒業したAランク冒険者で、慈善活動に力を入れていることもあり、多くの人から尊敬されていた。



 「ああ、そっち系ね。俺が尊敬するのは、冒険者ルネオスだな。莫大な財宝を発見して、絶世の美女を十人も妻にした、まさに英雄だよ!」

 


 嬉々として語るガルムを、白い目で見るアンバー。対照的な二人が、噛みあわない話をしていた時、不意に焚火の炎が揺らめく。


 何だろう? と思ったガルムの首筋に剣が添えられていた。



 「あら、楽しそうに話してるところ、ごめんなさいね」


 「え?」



 ガルムの傍らに女が立っている。黒い髪に、黒い服装。いつの間に来たのかは、まったく分からない。


 女が持っていた剣を振り抜くと、ガルムの首から鮮血が迸った。



 「あ、がっ……」



 首を抑え、呻き声を上げたガルムが、その場に崩れ落ちる。



 「きゃあああ――!?」



 アンバーが叫び声を上げようとした瞬間、女に口を押えられる。



 「あらあら、ダメよ。声を出しちゃ、これから宿屋の中の人たちを殺しに行かなくちゃいけないんだから」


 「んんっ!?」



 アンバーが下に目を落とすと、自分の腹部に剣が刺さっていた。通常の剣より、やや短い黒い刀身の剣。


 体を貫通した剣を、楽しそうにゆっくり引き抜く女。


 アンバーの体は力を失い地面に倒れる。全身が痙攣して声も出せない。黒ずくめの女はしゃがみ込み、震えるアンバーを観察していた。



 「んー、いい表情ね。私、絶望して死んでいく人の表情が大好きなの。ゆっくり眺めてたいけど、時間が無いからしょうがないわ」



 女は残念そうに立ち上がる。



 「ゆっくりと〝死″を味わってね。フフッ」



 そう言って、黒ずくめの女が去って行く。恐怖が全身を支配し、指一本動かせないアンバー。目の端には、動かなくなったガルムが映る。


 ――こんな所で……死にたくない……こんな所で……。


 アンバーの視界が霞み、絶望だけが脳裏をよぎる。


 ただ、命が溶け出す感覚だけが全身に広がっていた。



 ◇◇◇



 微睡まどろみに落ちかけたヴァンが、目を開ける。


 何か物音が聞こえた気がした。布団から出て剣を取り、隣のベッドで寝ていたソフィアに声をかける。



 「ん? 何、夜這い?」



 よだれを垂らし、寝ぼけまなこで言ってくるソフィアに呆れながら、ヴァンは真剣な眼差しで呟く。



 「何かおかしい……準備しろ。ここを出るぞ」



 その表情に眠気が吹き飛んだソフィアは、ベッドから下り、杖を取ってヴァンの後についてゆく。


 ヴァンは部屋の扉を開け、外の様子をうかがう。


 彼らが泊まっていた部屋は、宿屋の二階にある角部屋。辺りを見回すが真っ暗で、物音一つしない。


 ――静かすぎる……。この階には、ボナル商会の人間も泊まっているはずなのに、気配がまったくしない。


 例え寝ていたとしても、ヴァンは人の気配を感じ取ることができた。明らかにおかしい、そう感じながら廊下へ出る。


 ソフィアもヴァンについて行くと――


 

 「あら、残念。もう起きちゃったの」



 唐突に声をかけられる。驚いたヴァンとソフィアが振り返ると、そこには黒い服を着た女性が立っていた。


 ――いつの間に、こんな近くに!


 ヴァンは剣を抜こうとした。だが、それより遥かに速く、女の剣がヴァンの肩口を突き刺す。



 「がっ!!」



 たたらを踏んで後ずさるヴァン。剣を抜き、切っ先を女に向ける。



 「あら、かわいい。少しは楽しめるかしら?」

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