第9話
レイフォードの街に店舗を構える、ボナル商会。
中堅どころの商会で、近隣の物流、卸、小売など手広く扱っている。その商会を一代で築いたエンバード・ボナルの屋敷に、ガルムやヴァン達が来ていた。
客室に案内され、用意されたティーカップに注がれた紅茶を飲む。
座り心地の良いソファーを始め、高級そうな調度品が置かれていた。
「以前お会いした顔ぶれと、違うようですが?」
自分達を部屋に案内した執事の言葉に、ガルムは飲んでいた紅茶を吐き出しそうになる。
ボナル家の執事ブレナスが、銀縁メガネを掛けた鋭い目でガルムを捕らえる。
灰色の髪はオールバックでまとめられ、カッチリとした燕尾服を着こなす佇まいは無言の圧力を感じさせた。今回の仕事を取り仕切っているのは、この執事だ。
この人にうまく説明しないと、せっかく有り付けた仕事を失ってしまう。焦り出すガルム。
そんなガルムより先に、ヴァンが口を開く。
「ええ、来るはずだった仲間の一人が急に来れなくなってしまって……ベテランのガルムさんに応援をお願いしたんです」
「そ、そうなんですよ」
ハハハと笑うガルムの顔を、ブレナスはジッと見つめる。
「契約ではDランク以上の冒険者というふうに規定されていたと思いますが、そちらの方のランクは問題ないですか?」
「う、そ、それは……」
言い淀むガルムに変わって、ヴァンが説明する。
「ガルムさんは元々Dランク冒険者なんです。今は仕事から離れていた影響でFランクですが、実力は折り紙付きです。ねっ、ガルムさん!」
「え? ええ、そうなんですよ。Dランクで長く仕事をしてましたから、力量はあります。なんならギルドに確認してもらってもいいですよ!」
必死で訴えるガルムとヴァン。その後ろで少女たちが心配そうに見つめている。仕事を失いたくないのは全員同じだった。
話を聞いたブレナスは顎に手をあて、考えるように瞼を閉じる。
しばし逡巡した後、口を開いた。
「時間がありませんし、いいでしょう。明日出発しますので警護はお願いしますよ」
「「は、はい!」」
ガルムは見えないように拳を握り、心の中で「よしっ!」と叫ぶ。他の三人も同じようで、口元を緩めていた。
仕事に関する細かい話し合いも終わり、四人は屋敷を出る。
外はすっかり暗くなっていた。
「――にしても、明日出発するなんて聞いてなかったぞ! お前らも切羽詰まってたんじゃねーか!」
「まぁな。だからってギャラの交渉は、もうしないからな」
「くそっ! 分かってるよ」
不貞腐れるガルムに、ソフィアが声をかける。
「まぁまぁ、私たちも助かったのは事実だからね。この仕事が無くなると、今月のお財布がピンチだったんだよ」
ソフィアの後ろにいたアンバーも、「私は……か、感謝します」とたどたどしく呟く。
「おっさんにとっても良かったじゃないか。仕事にあぶれなくてよ」
「誰がおっさんだ! ガルムと呼べ、ガルムと!!」
ガルムと〝大鷲″の三人は一旦別れ、明日、ボナル商会本館の前で落ち合うことにした。
「じゃあなガルム、遅れんなよ!」
「バイバーイ、頼りにしてるね。おじさん」
「さ、さよなら……」
そう言って三人は去って行く。ガルムはやれやれと思いながらも、冒険者に復帰してすぐに仕事が決まったことにホッとしていた。
不安定な職業だけに、仕事の無い日が何日も続くなど、ざらにある。
取りあえず遅刻しないように早く寝るか、と、ガルムはそそくさと家に帰った。
翌日――
街の中心部にあるボナル商会の本店舗。年季の入ったレンガ造りの大きな建物に、ひっきりなしに人が出入りし、様々な品物が置かれていた。
出入口の前には、貴族が乗るような豪華な荷馬車が三台並ぶ。
そのすぐ脇に、ガルムやヴァンたちが集まっていた。馬車の荷台には次々に品物が積み込まれ、ボナル商会の従業員が乗り込んでいる。
「準備が整いました。みなさんは向こうの馬車にお乗り下さい」
店の前まで足を運んでいた執事のブレナス。手で指し示した場所には、少し質素な馬車が止められている。
豪華な馬車に乗れるかと期待したガルムはがっかりした。
「おい、ガルム! 早く来いよ」
「へいへい」
先に乗り込んだヴァンに促され、ガルムもしぶしぶ馬車に乗り込む。三台の荷馬車と、ガルムたちが乗り込んだ馬車の計四台が出発する。
ガタガタと揺られる車内には、ガルムやヴァンたち四人以外に、もう一人三十代半ばくらいの男が乗り込んでいた。
「いやはや、皆様がいてくれるおかげで安心ですな」
馬車の対面に座り、ニコニコとガルムたちに話しかける男。こけた顔立で、目は細くグレーの髪は肩まで伸びていた。
「ああ、自己紹介が遅れました。ボナル商会のマッティオと申します。以後、お見知りおきを」
「ええ、よろしくお願いします。俺がヴァンで――」
「ソフィアだよ」
「ア、アンバーです」
「ん? ああ、ガルムだ」
一通り自己紹介が終わった所で、ヴァンが口を開く。
「マッティオさん。俺たちは積み荷が何なのか聞いてないんだが、教えてはもらえないのか?」
マッティオは穏和な笑顔を浮かべ、ヴァンを見る。
「いえいえ、たいした物は積んでいませんよ。ただ顧客の希望で、詳細は口外しないようにしているんですよ」
「顧客っていうのは貴族ですか?」
「ええ、まあ……」
ヴァンの問いに曖昧に答えるマッティオ。その受け答えから、ガルムは何となく胡散臭さを感じていた。
だが経験上、あまり深く詮索しない方がいいことも知っている。
不満気な表情を見せるヴァンを横目に、ガルムは到着までのんびりしようと考えていた。ソフィアとアンバーもおしゃべりしながらリラックスしている。
何事もなく目的地に着くだろう。
ガルムはこの時、疑うこともなくそう信じていた。
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