第8話

 「よお! バズ、久しぶりだな」


 「おおっ、ガルムじゃねーか! お前、辞めたんじゃなかったのか?」



 バズはガルムと年も近く、昔から仲が良かった冒険者だ。同じテーブルには数人の冒険者が座り、怪訝な表情を浮かべる。


 どうやらバズのパーティーメンバーのようだが、ガルムは気にせず話を続けた。



 「今日から復帰することにしたんだ。どうだバズ、最近の調子は?」


 「ん、ああ、まあまあかな。それにしても、最初からやり直すのか……ランクは最低から始まるはずだが、大丈夫か?」


 「それなんだがよ。早くランクを上げたいけど一人じゃどうにもならねぇ。バズ、一緒に仕事してくれねーか? 知っての通り、元Dランク冒険者だ。絶対役に立つからよ!」



 ガルムはバズの隣にある空いた席に腰をかけ、親し気に肩を組む。その様子を仲間達は眉根を寄せて見ていた。



 「いや……それは――」


 「なっ! 頼むよ、俺とお前の仲じゃねーか!」



 バズはポリポリと指で頬を掻き、困ったような仕草を見せる。



 「すまないガルム、今は人手が足りてるんだ。また手を借りたいときは声をかけるからよ……今回は勘弁してくれ」



 仲間の顔色を伺いながら、バズが申し訳なさそうに言ってくる。――まあ、他の連中から見れば、俺はよそ者だからな……仕方ねーか。



 「……そうか、そうだな。悪い、無理言っちまって。次の機会には頼むわ」



 ガルムはそう言って席を立つ。


 ギルドで評価を上げる場合、単独で仕事をこなすよりも、パーティーで仕事を請け負った方が効率がいい。


 ランクの高い冒険者がパーティーの中にいれば、そのランクの仕事を受けることができるからだ。


 仕事が成功すれば、メンバー全員が同じ評価ポイントを得られるため、特にランクが低い時はパーティーに入れてもらうのが一般的だった。


 ましてガルムは冒険者生活も長く、知り合いも多い。


 すぐに入れてくれるパーティーは見つかるだろうと思っていたのが――



 「すまねえガルム。間に合ってるわ」


 「バカ言ってんじゃねえ! お前、もういい年じゃねーか!!」


 「ごめんなさいねぇ、ガルム。私は入れてあげたいんだけど……他のメンバーが納得しないのよ。分かってくれるわよね?」



 ことごとく断られ、さすがに焦り出す。最後に声をかけた知り合いには、しつこく食い下がった。



 「頼むよ! 何でもするからさぁ」


 「ガルム、お前ブランクが一年以上あるんだろ? 冒険者としては使い物にならんだろう。とても一緒に仕事はできんよ」


 「いやいやいや、全然そんなことないんだって! むしろ前より体が動くようになってんだ。冒険者を辞めて、力仕事をずっとしてたからよ」



 ガルムのレベルは36。伝説の冒険者クラスであり、世界でも数人しか確認されていない実力者と同等レベルだ。


 だが、そのことを明らかにすれば、拾った剣や鎧の存在がバレてしまう。


 それだけは避けようとして、遠回しに自分の実力を伝えようとするが――



 「ガルム、仮にそれを信じたとしてもよ。そんなに戦闘が必要な仕事なんてねーんだよ。そういうのはA、Bランクの冒険者に任せりゃいいだろ」


 「そんなぁ……」



 ◇◇◇



 ガルムは飲食店の隅にあるテーブルに突っ伏し、へこんでいた。


 ――まさか、こんなにうまくいかないなんて……。何人かは冒険者だった頃、助けてやったりもしたのに……。恩を返すって気持ちはねーのかよ!


 憤りを覚えつつ、やるせない気持ちになるガルム。


 ――どうすっかな~、最悪、親方に泣きついてゴミ処理の仕事を続けるしかないのか?


 そんなことを考えていた時、一人の男が近づいてくる。



 「あんたか? 仕事探してるって奴は」


 「ん?」



 ガルムが顔を上げると、二十代前半くらいの若い男が立っていた。上半身には、しっかりとした皮鎧を着こみ、赤く逆立った髪型からは気の強そうな印象を受ける。


 腰に長剣を携えていたため、剣士のようだとガルムは思った。



 「確かに仕事は探しているが……パーティーで行うDランク以上のものだぞ」


 「そうか……」



 若い男は踵を返し、後ろにいる仲間と相談を始めた。しばらくすると意見がまとまったのか、ガルムの元へ戻ってくる。



 「俺たちはDランクパティ―の〝大鷲″だ。あんたが良ければ仕事を一緒にしてもいい」


 「何!? 本当か!」


 「ああ、ただし報酬の分け前は減らす。その条件で良ければだけどな」


 「な、なんだとっ!?」



 ぐぬぬぬ、と歯ぎしりするガルム。足元を見られたことに腹を立てるが、成功すればDランクの評価ポイントがもらえる。


 ガルムにとっては是が非でも行いたい仕事だった。



 「さあ、どうする、おっさん。ランクを上げたいんだろ?」



 フンッと鼻を鳴らす男。


 自分より一回り以上年下の若造に見下されるのは屈辱だったが、生活もままならないガルムからすれば背に腹はかえられない。



 「うぅ……よ、ろ、し、く、お願いします……」



 引きつった表情で若い男を睨みつける。



 「ヴァン・クラウドだ。よろしくな」



 ヴァンが手を差し出してきたので、ガルムは手を取り握手を交わす。がっしりとした手からは、ヴァンの力強さが窺えた。



 「俺はガルム・オーランドだ」


 「仲間を紹介する」



 ヴァンがそう言うと後ろにいた女の子二人が、こちらに歩いてくる。



 「ア、アンバーです……よろしくお願いします」



 魔道協会の黒い制服に身を包んだ、黒髪の少女。おどおどした様子でガルムのことをチラチラと見ていた。



 「私はソフィア。よろしくね、おじさん!」



 ソフィアと名乗った女の子は、白い修道服を着ており、頭にはベールを被っている。アンバーとは違い、明るい印象を受けるだ。



 「ああ、俺はガルムだ。よろしくな。それにしても〝剣士″と〝魔導士″と〝修道士″か……ずいぶんバランスが悪い感じがするが」



 ガルムの言葉に、三人は顔を見合わせた。頬を掻いてヴァンが口を開く。



 「本当は前衛職の〝戦士″がいたんだが、急病にかかってな。しばらくは動けそうにない」


 「なるほど……俺に声をかけた理由はそれか。それで、仕事ってのはどんな内容なんだ?」


 「山向こうにあるチェンバルの街まで荷を運ぶ、馬車の護衛任務だ」


 「護衛か……」



 ――それなら簡単そうだな。例え野党に襲われたとしても、今の俺なら余裕で撃退できるだろうし。


 そう考えたガルムだったが、一つ気になることがあった。



 「でもDランク冒険者に頼むってことは、何か危険な要素があるってことか?」


 「詳細までは知らされていないんだ。向こうの条件は、4人以上のDランク冒険者ってことだけ。詳しいことは後から話すと言われてる」



 ――何だか、胡散臭い気もするが……。



 「確かに俺は元Dランク冒険者だったが、今はFランクだぞ、大丈夫なのか?」


 「それについては交渉してみるしかない。ダメだったら、おっさんはクビだからな」


 「なにっ!?」


 「当然だろ。それが嫌なら、自分が有用だと必死にアピールしてくれよ」


 「くっ……こいつ」



 淡々と言うヴァンに腹が立ったが、確かに依頼者を説得できなければ自分はお払い箱だろうと、ガルムは青ざめた。

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