第二章 金と、女と、名声と
第7話
「――で、寝過ごして遅れたと?」
「はい……親方」
「いい度胸だなぁ、ガルム」
「え、ええ~と……」
ゴミ処理を請け負う〝マルテ商会″。その本部の一室にガルムがいた。
従業員を取り仕切るクロック・エドガー(通称〝親方″)の前で、ガルムは正座をし、
クロックの体格は大柄で肌は色黒、スキンヘッドで白い顎髭を蓄えた、かなり厳つい見た目の人物だ。
他の従業員にも恐れられているクロックが、大股で椅子に座り、腕を組んでガルムを見下ろしている。
仕事に大遅刻したガルムは、大目玉を喰らっている真っ最中だ。
しかも商会の荷車を持ち帰ったまま、返すのをすっかり忘れていた。
「ったく、おめーは! いい歳してんだから、若い奴らの手本ならなきゃいけねーだろーが。いつまでも気ままな冒険者じゃねーんだぞ!」
昔からガルムのことを知っているクロック。冒険者として芽がでないガルムを、今の仕事に誘ったのも彼だった。
「それなんだがよ……親方」
ガルムは申し訳なさそうに顔を上げる。
「俺、この仕事辞めようと思ってるんだ」
クロックは一瞬目を見開くが、冷静になってガルムに問いただす。
「辞めて、どーすんだ?」
「もう一回、冒険者としてやっていきたくてよ」
クロックは「ハァー」と息を吐いて背もたれに体を預ける。強面のクロックだが面倒見は良く、ガルムを始め従業員のことは気にかけていた。
「諦めきれねーのか?」
「……はい」
「そうか、分かった。お前が決めたことに口出しする権利はねぇ」
そう言って立ち上がるクロック。ガルムも立ち上がり声をかける。
「すまねえ、親方。せっかく仕事を紹介してくれたのに、俺どうしても――」
「男が決めたんなら、うだうだ言ってんじゃねーよ。とっとと出て行きな」
クロックはそう言って部屋の扉を指差した。ガルムは項垂れ、扉に向かって歩き出す。ガルムにとって冒険者になって成功したいというのは、子供の頃からの夢。そのことに迷いは無い。
だが結果的にクロックから受けた恩を、仇で返す形になってしまった。
沈んだ気持ちでドアノブを回すと、後ろから声がかかる。
「ガルム……もしダメだったら、また戻ってこい。お前の食い
思いがけない言葉にガルムは振り返り、クロックの顔を見る。
自然に涙が溢れてきた。
「お、親方~!!」
クロックに抱きつこうとするガルム。その顔は、涙と鼻水にまみれていた。
「だー! 鼻水、鼻水がつくだろーが!!」
結局、ガルムはぶん殴られて商会からつまみ出された。
◇◇◇
ブリテンド王国の城下街レイフォード。
その中心部に職業ギルドの本館がある。ギルドは様々な職業の管理・運営を行っていたが、その一つに冒険者に関するものがあった。
年季の入った六階建ての建物を、外から見上げるガルム。
「久しぶりだな……」
懐かしがるように呟き、ギルドの扉をくぐる。
ガルムにとっては一年ぶりの会館。一階にある冒険者ギルドに足を運び、人で賑わう部屋に入る。
広いフロアには屈強な男達がたむろし、掲示板の前に集まっていた。
最近では魔道服や修道服を着た女性も多いようで、昔と違うんだな。とガルムは物思いに耽る。
受付に向かい、そこにいる女性に話かけた。
「よう! 久しぶりだなメアリー」
「え!? ガルムさん! お久ぶりです。どうしたんですか、急に?」
メアリーと呼ばれた女性は、驚いたように目を見開く。ガルムが冒険者を辞めていったことを、よく覚えていたからだ。
「実は、また冒険者としてやっていこうと思ってんだ。登録の手続きを頼むよ」
「え!? もう一度登録ですか?」
受付で働くメアリーが驚くのも無理はなかった。冒険者を辞めていく者は多いが、やり直す者は少ない。
ましてガルムは34歳、やり直すには遅すぎる。
「ガルムさん。ご存じとは思いますが、改めて登録するとギルドランクは最低に戻ってしまいます。かなり大変になるかと……」
「分かってる、覚悟の上だ」
「そうですか……ガルムさんがそう言われるなら」
メアリーは渋々ながらも手続きを進めてくれた。
元々冒険者であるガルムには職業に関する説明は省き、身分証の確認や必要事項の記入をしてもらう。
小一時間ほどで登録は完了し、晴れてギルドカードの再交付を受けた。
「がんばって下さいね」
「ああ、ありがとな」メアリーにお礼を言い、受付を後にする。
ガルムは手渡されたカードを、まじまじと眺める。そこには冒険者のランクである〝F″の文字があった。冒険者としては最低ランク。
だが、ここから自分の新しい人生が始まるんだ。そう考えたガルムは、カードを鞄に詰め込み、フロアを見渡す。
ガルムに取って課題は山積だった。一つはギルドランク。
これはAからFまであり、ランクが高いほど報酬の高い仕事を受けられる。とにかく金を稼いで、名声を上げ、女にもてたいガルムにとってランクを上げることは最重要課題だった。
だが、ギルドランクは簡単に上がるものではない。これは信頼の証。
仕事を確実に達成することによって、その仕事に見合ったポイントが与えられ、一定の基準に達するとランクが上がる。
ガルムのように腕に自信があるからと言って、一足飛びに上がるものではない。
事実、やたら腕っぷしはあるが、ギルドの規律を破ったり問題を起こした者は、ポイントが没収され追放されることもあった。
そのことを知っていたガルムは、地道に仕事をこなしていく覚悟をしている。
とは言え、今更最低ランクの仕事をこなしていくのも効率が悪い。そう思い、ギルド内をキョロキョロと見渡しながら歩くガルム。
彼には考えがあった。
フロアの奥には飲食店が併設されており、多くの冒険者がグループごとに集まり話をしていた。酒こそ出ないが、軽い食事などができる憩いの場で、そこそこの賑わいもある。
知り合いを何人か見つけたガルムは、顔を綻ばせ声をかけた。
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