第6話

 猛然と向かってくるネズミ。それを見たガルムは一目散に逃げた。


 逃げると言っても魔物の群れに向かって。



 「うおおおおーーーーーっ!!」



 獰猛な牙を持つ狼、金棒を振り上げるオーク、筋骨隆々なミノタウロス。多種多様な魔物がガルムに襲い掛かるが、その全てを斬り伏せて森を突き進む。


 ネズミの伸縮する腕を避け、行く手を阻む魔物を斬りまくったガルム。


 今まで傍観を決め込んでいた魔物たちは、叫び声を上げながら我先にと襲ってくる。ガルムからすれば阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 だが、それを見たガルムは不敵な笑みを浮かべた。



 「いいぞ、もっと来い!」



 魔物の群れは、まるで黒い波のように押し寄せる。自分の行く手を邪魔されたネズミは怒り狂い、周りにいる魔物を爪で引き裂く。


 敵が一ヶ所に集まったのを見たガルムは、その隙を見逃さなかった。


 【覇王龍エルドラドの魔剣】を高くかかげる。黄色い宝玉が輝き、辺りにパチパチと光が走る。



 「喰らいやがれ!!」



 振り下ろした魔剣に呼応するように、魔物たちの頭上に稲妻が落ちた。衝撃が脳を貫き、体を焼き、命を刈り取ってゆく。


 多くの魔物はその一撃で絶命した。


 生き残った者でも、体が痙攣して動けない。ネズミの化物ですら動きが止まる。


 一気に駆け抜け、生き残った魔物の首を切り落としてゆく。ネズミは完全に無視。それがガルムの戦略だった。

 

 力では敵わない。そう判断したガルムは、周りの魔物を倒してレベルを上げようとしていた。


 本来、ガルムのような凡人が多少レベルを上げても、大幅に身体能力が向上する訳ではない。


 だが装備によって筋力と俊敏の数値に10倍の補正がかかる。その効果は計り知れない。ガルムはネズミから逃げながら、目の前に手をかざして【鑑定】する。


 ガルム・オーランド Lv23

 生命 27

 魔法 15

 筋力 33(330)

 防御 23   

 俊敏 25(250)



 「よしっ! 上がってる!!」



 後ろから切りかかってくるネズミの猛攻を剣で弾き、盾で防ぐ。明らかに以前より反応速度が上がっていた。


 ――いける! これならいけるぞ!!


 ネズミを置き去りにして、別の魔物に向かってゆく。


 人間が突っ込んできたことに興奮した魔物たちは、一斉にガルムに襲い掛かった。



 「お前らじゃ相手にならねーよ!」



 剣のつばについた青い宝玉が光を放つ。振り抜いた剣先から冷気がほとばしり、辺り一帯を白銀の世界へと変える。


 魔物達は物言わぬ彫像のように凍り付き、命の灯を消してゆく。


 ――前よりも加護魔法の威力が上がっている気がする……。もしかして俺の魔力が増えてるせいなのか?


 ガルムが逡巡していると、追って来たネズミが四本の腕を突き出す。


 放たれた矢のように迫ってきた腕を、剣で全て打ち払う。


 ――間違いなく身体能力は向上してるな。あと少しレベルが上がれば……。


 四方八方から魔物の群れが雪崩れ込んでくる。ガルムは手に持った剣に目を向け、緑の宝玉が輝くのを確認する。



 「全部まとめて、吹っ飛びやがれ!!」



 剣を横に薙ぎ払う。切り裂かれた大気は荒れ狂う渦となり、上空へと昇る竜巻へと変わっていった。



 「グガァ!?」


 「ギィィィアアアーーー!!」



 魔物たちは体を引き裂かれ、舞い上がる暴風に飲まれてゆく。


 風は木々を切り倒し、大地をえぐり、森を破壊する。踏み止まったのはネズミだけ。残りの魔物はバラバラに切り裂かれていた。


 ネズミも傷だらけになっていたが、すぐに再生して元に戻っていく。


 徐々に風が収まり、ネズミとガルムは睨み合う。



 「邪魔はいなくなったな。決着をつけようぜ!」


 「グルルルルル……」



 一瞬の静けさが流れた後、互いは同時に踏み込む。


 刹那で距離は詰まり、相手を殺すための刃と爪が交錯した。


 幾度もの爪撃を、剣で打ち払うガルム。ネズミが突き出してきた右二本の腕をかわし、側面からその腕を切り落とした。



 「グガァァッ!!」



 怒り狂ったネズミは、左二本の腕で切りかかってくる。その攻撃を軽やかにかわし、返す剣で二本の腕を切り飛ばす。


 絶叫するネズミの表情には、怒りと憎悪が浮かんでいた。


 先ほどまでの余裕はどこにもない。


 腕が完全に再生する前に決着を着けようとしたガルムは、一歩前に踏み込むが、ネズミも負けじと突っ込んでくる。


 口が裂けたかと思うほど大きく開き、ガルムの肩口に噛みつこうとした。


 咄嗟に盾で守ると、【物理攻撃倍化反転】の効果でネズミの頭は弾けるように後ろに飛ばされる。


 たたらを踏むが、なんとか踏み止まったネズミは、頭からダラダラと血を流しながらガルムを睨みつける。


 切られた四本の腕の先が盛り上がり、一瞬で再生し元に戻った。


 舌なめずりして体勢を低くするネズミ。ガルムも剣を構えてそれに応じる。



 「まさか無限に再生する訳じゃないだろ?」



 耳をつんざく程の雄叫びを上げて、ネズミが猛然と迫ってくる。


 全身の筋肉は盛り上がり、二回り以上大きくなった体躯。背中から生えていた腕は、縦に裂けてゆき、更に二本の腕となる。


 計六本の腕を大きく広げながら突っ込んで来る。その様子をガルムは冷静に観察していた。


 ネズミは抱きつくように爪で切りかかるが、そこには誰もいない。


 ガルムは跳躍し、空中にいた。



 「どうした? もう目で追えないのか?」



 【空中歩法】を使い、空気を蹴る。移動した先でも空気を蹴って方向を変える。それを何度も繰り返し、ネズミの周りを縦横無尽に飛び回った。


 そのスピードに、ネズミはついていくことができない。


 腕を、足を、肩を背中を、ガルムは容赦なく斬りつけていく。


 ネズミも反撃しようとするが、動きを捉えることができず、防御一辺倒になっていた。その中でも、特に頭や首の守りを固めている。


 ――やっぱり、そこが弱点か……。


 ガルムは地面に降り立ち、ネズミに突っ込む。


 魔力を使い果たし透明になっていた赤い宝玉は、すでに真紅の色を取り戻していた。構える剣の刀身に、炎が走る。


 ネズミがガルムを殺そうと振り下ろしてきた六本の腕を、弧を描く一太刀で全て斬り落とす。


 傷口は炎に焼かれ、すぐには再生することができない。


 ガラ空きの頭めがけて剣を振りかぶる。



 「じゃーな!」



 迷いなく振り下ろされた剣身は、ネズミの頭部から真っ直ぐに切り裂いていく。傷口を焼きながら、その切っ先が止まることはない。


 灼熱の剣が地面に到達すると、熱に耐えられなくなった大地は融解し、噴き上げるマグマのように爆発する。


 ネズミの体を飲み込んだ炎は、全てを焼き尽くしていった。


 爆散した場所から離れ、空に舞い上がる火の粉を見上げるガルム。炎は夜空に溶けて、やがて消えていく。


 入れ変わるように空が白み始める。


 夜が明けてゆく、長かった夜が。


 ガルムは座り込み、兜をはずした。大の字になって寝転がると、汗ばんだ額に吹き抜ける風があたる。



 「あー……終わった~。疲れた~」



 ガルムは手をかかげ、【鑑定】を発動する。かなり強い魔物を倒したのだから、レベルも大きく上がったんじゃないかと期待した。


 だが、映し出されたレベルに目を疑う。



 ガルム・オーランド Lv36

 生命 40

 魔力 25

 筋力 47(470)

 防御 35   

 俊敏 41(410)



 「……嘘だろ?」

 


 ◇◇◇ 

 


 ヴィーゼルの森の手前。


 〝殺戮の軍勢″を迎え撃つため、ブリテンド国王軍総勢800名が待ち構えていた。軍の指揮を任されたヨハネが先頭に立ち、遠眼鏡で森を見る。


 しかし、いくら待っても魔物たちは現れない。



 「おかしい……なぜ来ないんだ?」



 訝しがるヨハネ。彼らは知らなかった。


 一人のゴミ処理業者が、〝殺戮の軍勢″を全滅させたことを――

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