第5話

 猛然と襲いかかって来るネズミ。その爪を、ガルムは必死にかわし続けた。


 ――周囲の魔物は動かない、俺を逃がさないように囲い込んでいるだけか!


 ネズミの爪を剣で防ぐが、力負けして弾かれ、たまらず後ずさる。


 ガルムは思い出していた。――確か、鎧のスキルは【体力消費軽減】。体力を完全に回復する訳じゃない……このままじゃ体力が無くなって確実に殺される。


 紙一重でネズミの攻撃を避け、辺りを見回すガルム。


 ――逃げるなら空を飛ぶしかない! 飛行する魔物はいないようだし、このネズミも空までは追ってこれないだろう。


 そう考えたガルムだが、問題があった。


 太陽王のマントで空を飛ぶには、一旦浮き上がるしかない。だが隙が大きすぎためネズミの前では使えない。


 ――だったら【空中歩法】のスキルで上空に行ってから使うしかねーか!


 剣と爪がぶつかり合い、お互いが弾かれた瞬間。ガルムは【空中歩法】のスキルを発動した。一歩二歩と空気を蹴り、上空へと上がってゆく。



 「はっ! お前なんか相手にしてられるか!! あばよ!」



 ネズミが追ってこれないほど高く昇る。ガルムはこれで逃げられると思い【飛行】のスキルを使おうとした。だが何故か体がガクンと傾く。



 「なんだ!?」



 驚いて足下を見たガルム。ありえない光景が目に飛び込む。ネズミの腕が長く伸び、足を掴んでいた。



 「なんだよ! 冗談だろ!?」



 恐ろしい力で足を引っ張られ、地面に向かって落とされる。



 「うわああああーーーーーーーーー!!」



 ガルムは背中から地面に叩きつけられた。衝撃音と粉塵が巻き上がる。



 「がはっ!?」



 鎧が無傷でも、中身の人間は違う。ガルムは血を吐き、呼吸ができなくなる。


 【鬼神ヴェデルネスの手甲】の能力〝自動回復魔法″が発動し、内臓に受けたダメージが少しづつ抜けていく。


 ガルムはなんとか立ち上がり、ネズミの姿を見る。


 伸びていた右腕が元に戻り、ネズミはだらりと両腕を垂らす。背中の筋肉が徐々に盛り上がったと思えば、メリメリと音をたて、背中から二本の腕が生えてきた。


 ニタニタと笑いながら、計四本の腕を見せつけるように高々とかかげる。


 体を自由自在に変化させる魔物。それは今までネズミが本気で戦っていなかったことを意味する。その事実にガルムは絶望した。



 「こんな化物がゴロゴロいるのか? どうなってんだ、この森は」



 ◇◇◇



 ブリテンド王国―― その王城で重苦しい会議が行われていた。


 国王を始め、重鎮の家臣たちが顔をそろえる中、口を開いたのは軍を取り仕切る総大将ヨハネ・トルーマンだった。


 屈強な体格で強い眼差しをした騎士。それがヨハネの印象だが、その表情は暗く陰っていた。



 「の軍勢が〝ヴィーダルの森″に入ったとの報告がありました」



 その言葉に議場がざわつく。「王都のすぐ近くではないか」と深刻な表情をする大臣たち。ヨハネも厳しい表情で話を続ける。



 「ご存じの通り、我がブリテンド王国始め、周辺各国で組織した連合軍が魔王軍と交戦中です」


 「善戦していると聞いているが……」



 不安気に国王が尋ねる。



 「はい、戦況は互角以上だと報告が上がっております。しかし相手は〝不死の軍団″一度倒しても時間が経てば蘇ってくる化物どもです」


 「やはり魔王を倒すしかないか」


 「おっしゃる通り、魔王さえ倒してしまえば軍勢は力を失い瓦解します。あと一歩の所まできたのですが……」



 そう言ってヨハネは臍を噛む。ブリデンド王国は追い詰められていた。


 戦っている魔王本軍とは別の部隊が王国に迫っていたからだ。国王軍はその多くを主戦場に送っていたため、本国の守りが手薄だった。


 それをついた奇襲作戦。今襲われれば国家が滅亡する可能性は大きい。



 「それも、よりによって〝殺戮の軍勢″とは!」



 一人の大臣が吐き捨てるように言うと、議場にいた者たちの顔が曇る。


 魔王軍で最強の部隊。その軍勢が通り過ぎた後には、血みどろの死体しか残らないと言われ、最も人々に恐れられていた軍団だ。


 特に部隊を率いるのは〝殺戮の支配者″の異名を持つ魔物。あまりの強さと凶悪さで同族をも容赦なく殺しまくり、魔王が止めるまで続いたと言われている。



 「そんな者たちを止められるのか? ヨハネよ」



 悲壮な表情で聞いてくる王に、ヨハネはうやうやしく答える。



 「ヴィーダルの森の前に、投入できる全ての軍を送っています。今から私も出ますので、どうかご安心を」


 ヨハネは一礼し、議場を後にする。


 その場にいた者は全員分かっていた。この戦いに勝ち目がないことを。

 


 ◇◇◇



 ガルムは四本になった腕を掻い潜り、なんとか斬り込もうとするが――


 間合いの外から腕が急速に伸びてくる。かわしたと思った爪撃が、肩口を切りつけた。



 「うっ!?」



 一瞬ひるんだガルムに、ネズミが一気に間合いを詰める。四本の腕から繰り出される攻撃を、全て避けることはできない。



 「くそっ!!」



 一本の腕は盾で弾き、一本の腕は剣で受ける。残り二本の腕が体に直撃した。衝撃でガルムは吹っ飛び、周りを囲んでいた魔物の群れに突っ込む。


 倒れたガルムが起き上がろうとすると、近くにいた魔物達が唸り声を上げ、襲い掛かってくる。



 「うわああああああっ!!」



 恐怖にかられたガルムは、必死に剣を振り回す。


 生きたい。死にたくない。ガルムは藻掻いた。せっかくお宝のような武具を拾って、運が向いて来たと思った矢先に死にかけている。


 自分が調子に乗ったせいだが、心の底からやり直したいと願う。


 ――神様! お願いだ。もう二度と調子に乗ったりしない!! 真面目に謙虚に生きる。だから、だから今回だけ助けてくれ!


 ガルムは一度も祈ったことも、信じたこともない神に祈った。


 その時、思いがけないことが起きる。周囲にいたおびただしい数の魔物が、切り裂かれ死んでいた。


 ガルムが振るった剣で死んだのだ。



 「え? なんだ……?」



 ガルムは周りにいる魔物も、ネズミと同じくらい強いのかと思っていた。だが違う。あの魔物だけ突出して強いのだと気づいた。


 ――だとしたら。


 ガルムはネズミを倒すための、わずかな可能性を思いつく。

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