第4話

 その魔物は、暗く鬱蒼とした森を進んでいた。


 体からは黒い瘴気が放たれ、近くにある草花は枯れてゆく。魔物は森を抜けようとしていたが、とても大きな〝力″が森の中にいることに気づいた。


 〝力″は徐々に近づいてくる。


 魔物は興味を持ち、迫ってくる〝力″の元へと歩みだす。


 その後ろからは、つき従うように何百という魔物がワラワラと現れる。どの個体も強力な魔力を持ち、目はギラつく狂気を宿す。


 黒い塊とも言える集団は、一路ガルムの元へ向かってゆく。



 ◇◇◇



 軽快に森を進んでいたガルムだが、ピタリと魔物が出てこなくなった。



 「おかしいな……」



 ヴィーゼルの森は、それこそ魔物がうじゃうじゃいることで知られる場所だ。たくさんの魔物を倒したといっても、出てこなくなるなどありえない。



 「しかたねぇ、【サーチ】!」



 兜のスキルが発動する。前方200メートルほどの所に、一体の魔物がいる。


 その奥にも何体かいそうだが、【サーチ】の有効範囲外なので、よく分からない。ガルムは取りあえず、魔物の元まで行ってみることにした。


 天空神ヘルメスの足鎧のスキル【韋駄天】を使えば、2秒もかからずに相手の元へ辿り着ける。


 

 「よっ、と!」



 一歩で距離を詰め、地面に足をつき急ブレーキをかける。


 正面を見ると、そこには微動だにしない魔物がいた。ガルムは眉間に皺をよせる。



 「なんだ……こいつ?」



 ガルムが怪訝な表情になるのは当然だった。


 人間のように二本足で立ち、2メートルを超える背丈がある。全身が暗い灰色の毛で覆われていて、切れ長の目はガルムを見据える。


 まるでネズミを思わせる顔だが、その体躯は筋骨隆々の人型だ。


 見たことがない魔物――


 それがガルムの感じた印象だった。一歩動こうとした瞬間。


 ネズミの顔が目の前にある。



 「え?」



 尋常ではない衝撃が腹部に走った。ガルムは何もできないまま後ろに吹っ飛び、木に激突した。ぶつかった木はメリメリと音を立てへし折れる。


 鎧を着て、この衝撃。あまりのことに頭が真っ白になるが、ネズミは尚も踏み込み襲ってくる。


 咄嗟とっさに盾を構えるガルム。


 ネズミはかまわず、盾に向かって突進してきた。次の瞬間――


 凄まじい衝撃が辺り一帯に広がる。木々は揺れ、大量の葉が落ち、遠くにいた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 吹っ飛ばされたネズミの化物は、大きな木に激突していた。


 木はバリバリときしみを上げ、倒れてゆく。


 巨神ギガンテスの盾の【物理攻撃倍化反転】のスキルだ。ガルムは咄嗟に構えただけだったので、その威力に改めて驚いた。


 ――何なんだ一体……。あんな突進、まともに食らったらただじゃすまないぞ!


 ネズミはよろよろと立ち上がり、ガルムを睨みつける。



 「おいおい、嘘だろ!? あれで死なねーのかよ!」



 ガルムは魔物の強さを調べるため【鑑定】を発動する。だが文字が浮かんでこない。今までになかった現象だ。



 「まさか……あいつが強すぎて【鑑定】できないのか?」



 ゆらりと動いた魔物は、一気に地面を蹴って突っ込んできた。踏みしめた地面は爆散したようにえぐれている。


 ――ちっ! なんつう速さだよ。【韋駄天】のスキルでもかわすのがやっとだ。


 鋭い爪が振り抜かれ、鎧をかすめる。わずかにではあるが、鎧に傷が入っていた。


 ――この鎧が傷ついた!? 


 傷ついた部分から煙が立ち上り、徐々に修復されていく。これが装備の【自己修復機能】か、と感心するガルムだったが、それどころではない。


 ネズミの猛攻は続き、防戦一方になっていた。



 「にゃろっ!!」



 ガルムが斬りつけた一撃が、相手の右腕を切り落とす。たまらず後ろに飛びのき、警戒しながら自分の腕を確認するネズミ。



 「よーし、この魔剣はあいつにも通用するな!」



 敵が右腕を失ったことで、優勢に戦えると思ったが――


 ネズミの魔物は不敵に笑い、耳をつんざくような鳴き声を上げる。



 「な、なんだ!?」



 切り落としたはずの腕の肉が盛り上がってくる。膨らんだ肉が一定の大きさに達すると、急速に縮み元通りの腕がそこにあった。



 「嘘だろ……再生……したのか?」



 ネズミはニタリと笑って、再び襲い掛かってくる。ガルムは必死に攻撃を躱し、凶悪な爪を剣で受け止める。


 ギリギリと迫ってくる爪を払い除けようとするが、逆に押し切られ兜と鎧に爪痕が残った。


 ――くそっ! こいつ力も速度も俺より上だ。いくら装備の性能があっても、このままじゃ……。


 ガルムは調子に乗って森の奥まで来たことを後悔していた。


 ヴィーダルの森は〝魔境″と呼ばれるほど危険な場所だ。奥に行けば行くほど強力な魔物が出てくる。しかし、ここまで強い魔物がいるとは思っていなかった。


 ――しくじったな……逃げようにもあいつの方が早い。どうしたら……。


 その時、ガルムの目に剣についている四つの宝玉が目に入る。使いまくっていたため魔力が切れて透明になっていたが、色が戻っていた。



 「これなら使える!!」



 赤い宝玉が輝き、剣身が炎に包まれる。すでに地面を蹴って突進してくるネズミは躱せないだろうと、ガルムは剣を振り抜く。



 「うおおおおおーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 剣から放たれた炎は爆散し、ネズミを飲み込み森も飲み込む。苛烈な爆炎は一帯に広がり、あらゆる物を焼き払う。


 えぐれた大地に残火が灯り、大量の煙が周囲に漂う。



 「ハァ……ハァ……これでやったろう……」



 煙が晴れてくると、全身焼け爛れたネズミが仁王立ちしていた。水膨れになった皮膚が盛り上がり、再生してゆく。


 

 「おいおいおい、こいつ不死身なのか!?」



 燃え尽きた毛が元に戻り、口角が上がる。


 わずかに体を屈め、臨戦態勢に入るネズミの化物。


 ガルムも警戒するが、ネズミの後ろの茂みから別の魔物が現れた。それも一匹や二匹ではない。数十、数百の魔物が至る所から出てくる。


 気づかないうちに、ガルムは周りを取り囲まれていた。


 ――しまった。戦いに夢中になり過ぎていたか……。


 ドス黒い瘴気を吐きながら、ネズミの化物はガルムを嘗め回すように見ていた。

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