第3話 アンへリカ
「怖がるな、チビ。何も取って食べる訳じゃぁない」
「……うちは……チビじゃない。うちの名前は……アンへリカ……」
小さな震える声で少女が言った。
「俺はロドルフォ。こっちは隊長のライネリオに、そこの二人がエウティミオにイメルダだ。イメルダはこう見えても女だから、何かと頼ると良いさ」
「こう見えては余計だよ、ロドルフォ?」
イメルダがロドルフォを軽く睨む。それに肩を窄めているロドルフォ。そして、ロドルフォが紹介した三人をアンへリカが順番に見た。大きな体をしている隊長。真っ黒の短い髪に角張った顔。そして、その制服では隠しきれない鍛え上げられた体。アンへリカのごくりと唾を飲み込む音がした。それを聞いたエウティミオが笑う。
「隊長。アンへリカが怖がってますよ?」
その言葉に困った顔をしたライネリオ。ぽりぽりと頬を掻いている。そんな隊長を見てくすりと笑うイメルダ。
「大丈夫よ、アンへリカ。隊長は体は大きいし顔も怖いけど、優しい人だから」
「顔が怖いは余計だ」
ごほんと咳払いをして言うライネリオにイメルダとエウティミオがまた笑う。そんな大人達の様子に少し気が解れたのか、アンへリカもくすりと微笑んだ。
「ところで、アンへリカ。あなたはあそこで何をしてたの?」
イメルダがアンへリカへとたずねた。アンへリカは正直に話した。その話しを黙って聞いている他の三人。特にエウティミオは瞼を閉じている。
「どうやら……本当の様ですよ、隊長」
エウティミオの言葉に頷くライネリオ。
「なんでうちの話しを信じてくれるの?」
「あぁ、僕はね、生まれつき人の色が見えるんだ。心に疚しい事があるとすぐに分かる。でも、アンへリカ。君は不安等の色はあるけど、嘘をついていた時にでる色はなかった。だから、信じるさ」
エウティミオがへへへっと鼻の下を擦りながらアンへリカへ自慢げに話している。そのエウティミオを押しのけて、イメルダがアンへリカの前へと屈み込む。
「ここは危険だから、もう来ちゃ駄目よ?ご両親が心配するわ」
「……お父さんもお母さんもいない」
イメルダにぽつりと答えたアンへリカは、両親が暴動に加わったとして処刑された事を話した。当時七歳だったらしい。あれから三年経っている。そんなアンへリカが首に下げていたネックレスについているロケット。手入れをしていないのか、くすんだ金色の装飾に嵌められている青色の黄玉を弄っていた事に気付いたライネリオ。そのネックレスを凝視している。
「アンへリカ、お前の両親の名は?」
突然、ライネリオに話し掛けられたアンへリカがネックレスから手を話した。そしてそれを隠す様に服の中へと入れる。
「……お父さんはアルフォンソ。お母さんはカリダード……です」
おどおどとした口調で答えるアンへリカに、ありがとうと微笑むライネリオが、ちらりとロドルフォの方を見た。それに頷くロドルフォ。話しはそれだけだったのか、ライネリオがイメルダと交代した。
「何処に住んでいるの?」
「孤児院」
司教が慈善事業の一環として始めたと言うあの孤児院。裏で人身売買や少女売春を行う為の隠れ蓑。そこに住んでいる。
「もうすぐ里子に出されるの……遠い所みたい」
里子に出される。それは恐らく奴隷として売られたのだろう。しかし、アンへリカはその事を知らない。恐らく、司教が死ぬ前に交わしていた契約であり、また司教や司祭達が死んだ後も引き継いでいる何者かが必ずいる。
「ロドルフォ……少し、調べるか」
ロドルフォに目配せするライネリオ。そしてライネリオはエウティミオに耳打ちをした。二人はそれに頷くと部屋から出て行こうとした。
「ロドルフォ……行っちゃうの?」
寂しそうにロドルフォをアンへリカが見ている。それに驚く三人がロドルフォへと視線を向けた。困った顔をしているロドルフォ。
「懐かれちゃったね、ロドルフォ」
へらへらとした笑みを浮かべ、エウティミオがロドルフォの肩に手を置いた。ロドルフォはそれを跳ね除けると、むすっとした顔でエウティミオを睨んでいる。
「照れるなよ、色男。おっと……本気でロドルフォが怒る前に、僕は出掛けるよ」
エウティミオはロドルフォにぱちりとウインクをして執務室から出て行く。ロドルフォはアンへリカの方へ顔を向けた。
「おい、チビ」
「チビじゃないわ、アンへリカよ」
頬を膨らませてアンへリカがロドルフォへ答える。それに少し困った様な表情を浮かべているロドルフォがアンへリカへ何かを言おうとしたが、結局、何も言わずに執務室を後にした。
「大丈夫よ、アンへリカ。ロドルフォは直ぐに帰ってくるから」
ロドルフォが出ていった扉の先をじっと見ているアンへリカへ、イメルダが優しく声を掛けた。
「そして、今日は私達が駐屯している宿に泊まりなさい。孤児院の方へはエウティミオがその事を伝えに行っているから」
イメルダの言葉に驚きを隠せないアンへリカ。特務部隊としてアンへリカを孤児院へ帰す訳にはいかない。
「さぁ、ロドルフォが帰ってくる前にお風呂に入りましょう?」
怪訝な表情を浮かべているアンへリカをイメルダが椅子から立たせ手を握ると、それでも素直についてくるアンへリカはイメルダと共に執務室から出ていった。
「さて……俺も町中でも散歩するかな」
ライネリオは独りごちると、壁に立て掛けてあった自身の身の丈と変わらない大斧を軽々と背負い教会の外に出た。
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