第2話 特務部隊
「司教まで殺られましたね」
教会の執務室。本来なら司教が座っていただろう古い木製の椅子に大柄な男が座り、書類に目を通している。その男性に扉のすぐ側に立っている女が声を掛けた。二十代半ばと思われる。栗色のショートカット、頬には三本の大きな傷跡。普通の女と比べ筋肉質で、その胸の膨らみに気が付かなければ男と間違えそうである。現に、何度か間違えられてはいるが。
「イメルダ、これでこの教区全ての教会が襲われたか」
「えぇ……ライネリオ隊長、全てですね。まぁ、この教区は司教を筆頭にろくでもない噂が多々ありましたから」
イメルダがライネリオへと答えた。その答えにふぅっと溜息を一つついたライネリオがぱらりと書類を捲り、殺された司教や司祭達の詳細に目を通した。
「献金という名の搾取。払えぬ者や反抗する者には
そのライネリオの言葉に、別の椅子に座っていた少し幼さの残る顔をした男が口を挟んだ。
「まぁ、賄賂を贈られ目を瞑っていた領主にも問題が大有りなんでしょうけど。さてさて……この刃が領主に向けられないとは限りませんからねぇ……」
「そうだなエウティミオ。これで終わるとは思えない。だからこそ、我々が呼ばれたんだろうけどな」
ライネリオの言葉を聞きながら、ナイフを鞘から出したり入れたりしているエウティミオ。そんなエウティミオへちらりと視線をやったイメルダが直ぐにライネリオへ顔を向けた。
「しかし、我々を呼ぶとは、余程、ここの領主も切羽詰まってるでしょう。本当なら、司教だけじゃなくて領主諸共、我々からお縄にされてもしょうがないくらいなのに」
「そこは、いつものあれだろう」
エウティミオがイメルダへそう言うと、親指と人差し指で丸を作って皆に見せた。それを見て苦笑いするライネリオ。
「我々は上からの命令に従うまでよ」
無表情で答えるライネリオは目撃情報などの有無を尋ねた。それに答えたのは先程から黙って話しを聞いていたもう一人の男であった。ぼさぼさの黒髪。その伸びた前髪の隙間から見える眠たそうな瞳。ひょろりとした痩せた体躯。片手にレイピアが握られている。
「ないですね……もうこの町はあの飢饉以来、活気すら無くなって死者の町の様になってますから、例え日中とは言え、畑に行く者以外は皆、家に引き篭っていた様です」
「そうか……ありがとう、ロドルフォ。確かにこの町は往来にも殆ど人気がない。町外れにある教会には特に誰も来ないか」
「それに……この様な状況にしたのは、死んだ司教のせいだと言われていますからね。司教だけじゃなく、司祭達もかなりの恨みを買っている様でしたよ」
ぼりぼりと頭を掻きながら話すロドルフォがちらりと窓の外に視線を向けた。それに気づいたライネリオ達が同じ様に窓の方へ視線をやると、そこから覗く人影がある。その人影はライネリオ達四人に見つかった事を察したのか、さっと頭を引っ込めた。
つかつかと窓辺へ歩み寄るロドルフォが窓をゆっくりと開け、辺りを見渡した。そして、すっと視線を下に向けるとそこには頭を抱え座り込んでいる少女がいる。
がたがたと震えている。
それもそうであろう。この執務室にいるのは、この国の公安部に所属している特務部隊の隊長とその精鋭三人なのである。普通の警官とは服装も、その体格、持っている武器も、また、その体から滲み出ている氣も違う。
特務部隊。特殊な事件やスパイ活動、またはその取り締まり等を行っている。特に
窓の下で震えている少女は、ただ興味本位で覗いただけなのである。大人達の噂する特務部隊とはどんな人達だろうと。好奇心。それだけだった。
すっと窓から外に出たロドルフォが座り込んでいる少女を持ち上げると、窓の中へと少女を入れた。
突然、持ち上げられた少女は頭の中が真っ白になり、気づけば大きな大人達に囲まれている。また少女は震えだし頭を抱え座り込んでしまった。黄色より少し金色に近い
「おいチビ。これに座れ」
ロドルフォが先程までエウティミオが座っていた椅子を動かし、少女の前へと置いた。見覚えのある椅子。
女はね、主祭壇に上がってはいけないんだよ。
大昔からのしきたり。女は上がれない主祭壇に置いてあったあの椅子である。一度は座ってみたいと思っていた椅子が目の前にあり、それに座れと言われた。しかし、座りたいと言う欲望があるのに関わらず自分を見下ろす大人達が怖くて動けない少女。
それを見ていたロドルフォがはぁっと大きな溜息をつくと、また少女を持ち上げ、椅子へと座らせた。そして、少女の目線まで屈み込むと、少女の頭にそっと手を置いた。
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