第29話 王都へいざ出発。その途中で……
誘ったらティアは喜んで付いて来てくれると言った。
馬を2頭用意し、車輪のついた荷台を繋いでそこへジャガイモの入った麻袋を積む。あとは旅の食料と飲み水、もしものときの傷薬や毒消し薬を積んで出発の準備は完了だ。
「よしと……じゃあ出発しようか」
ナナちゃんを抱き上げて馬へ乗せ、そのうしろへ俺が乗った。
「私もマオ兄さんと一緒に乗りたい!」
とティアは言い出すが、
「2頭いるんだし、無理して3人が1頭に乗ることはないだろう」
「だったらそのガキ女が1人で乗ればいいじゃん」
「いや、ナナちゃんをひとりで乗せるわけにいかないだろう。まだ小さいんだし」
落馬でもしたら大変だ。
「やーだ! やーだ! 私もマオ兄さんと馬に乗るんだーっ!」
「そう言われてもなぁ」
馬に無理をさせてまですることではない。
なぜここまで俺と2人で馬に乗りたがるのかわからないし。
「しかたないのう。ならばナナは荷台に乗ろうかの」
「荷台に? 平気かな……」」
「平気じゃ。ちゃんと掴まっておる」
……と言うわけで、ナナちゃんは荷台へと移り、ティアが俺の前へと乗ってようやく出発をした。
……
のんびりと馬を歩かせ、王都への街道を進む。
魔物のほとんどは森に生息している。
こうして開けた平原の街道を進んでいれば、そうそう魔物に遭遇することも無い。
「もっと私に身体を密着して抱きしめてもいいよ。マオ兄さん」
「なんのためにだよ?」
寒い季節ではない。
身体を寄せ合う必要もないだろう。
「そうしたいでしょ?」
「別に」
「したいはず。したくないはずがない」
「どういうことだよ……」
よくわからん。
「私が手綱を握るからマオ兄さんは私にしがみついて!」
「あ、うん」
そう、有無を言わさぬ勢いに押されて手綱を離してティアにしがみつく。そうするとティアは手綱を握りつつ、機嫌良さそうに鼻歌を歌い始めた。
ナナちゃんは平気かな?
背後を振り返ると、荷台に掴まってこちらに目を向けるナナちゃんの姿が見えた。
「ナナちゃん大丈夫?」
「平気じゃ。それにこれはなかなか楽しい」
ガタゴト揺れる荷台の上で、麻袋に紛れてちょこんと乗っているナナちゃんの姿はなんとなくかわいらしい。しかし楽しいとは言うものの、本人は無表情なのでそうは見えなかった。
「そういえばライアスおじさんは平気なのか?」
首を前に戻してティアに問う。
「パパ? あーなんか怪我したってママが言ってたかなぁ。ちょっと足を引き摺ってたけどたぶん大丈夫じゃないの」
「もっと心配してやれよ……」
まあ平気なようではある。
それからしばらく街道を進み……
「にーに!」
「えっ? どうしたの?」
呼ばれて振り返る。
「おしっこしたいのじゃ」
「ああ、おしっこか。ティア、ちょっと止めて」
「うん」
ティアが手綱を引くと、馬の足がゆっくりと止まった。
「えーっと……」
男の子だったら街道のわきでしてもらうのだが、女の子だからそれは恥ずかしいかもしれない。誰も通らないとは限らないし。
「じゃあ……ティア、あっちに茂みがあるから、そこまでナナちゃんを連れて行ってあげてくれ」
「なんで? そこでさせたらいいじゃん」
「いや、女の子なんだし、こんな開けたところでさせたらかわいそうだよ。お前も女なんだからわかるだろう?」
「私は見た奴を男女関係なく殺すからわからない。……殺すのはマオ兄さん以外だけどねゴニョゴニョ……」
ティアらしいというかなんというか。最後はゴニョゴニョ言っててよく聞こえなかったが。
「ここでするのは恥ずかしいのじゃ」
「そうだよね。ほらティア、ついて行ってやれよ」
「嫌だ。なんで私がそのガキ女の世話をしなきゃいけないのさ」
断固として拒否する。
そんな様子でティアは顔を背けた。
「しょうがないな……」
「にーにと一緒がいいのじゃ」
「俺……」
が一緒に行ってやるしかないか。この場合は。
デリケートなことだから本当なら同じ女のティアに行ってもらうのがよかったのだが、まあまだ小さい子だし、過剰に気を遣わなくても平気かな。
「じゃあ俺と行こうか」
「うむっ」
馬から降りる。
用を足したあとは処理が必要だろう。
こういうときのために積んでおいた布切れを荷台から持ち出す。それからナナちゃんを抱き上げて荷台から降ろして手を繋いだ。
「じゃ行こうか」
「うむ」
「……やっば私が行こうか」
横目でこちらを見つつティアは言う。
「あ、それならそうしてもらったほうが……」
「にーにと行くのじゃ!」
「え、あっ……」
繋いでいる手を強く引かれる。
そのまま走らされ、茂みへと向かった。
そして茂みへと入る。
「じゃあ俺は少し離れて待ってるから」
そう言って手を離そうとするも、ナナちゃんは俺の手をぎゅっと掴んで離そうとしない。
「ナナちゃん?」
「ひとりは嫌じゃ」
「ちょっと離れるだけだよ」
「嫌じゃ」
ナナちゃんは首を振って、ますます俺の手を強く掴む。
ませていてもまだ小さい子だ。こんな知らない場所では側に誰かがいないと不安なのだろう。
「じゃあ俺はこのままうしろを向いているからね。終わったら教えて」
「にーになら見ててもいいのじゃ」
「いや……その」
こんな小さい子の用足しを見たからといってどうということもないが、女の子の恥ずかしい行為をわざわざ見ていることもないだろう。
「ま、まあ、いいから。終わったら声かけて」
「うむ」
屈んだナナちゃんから目を逸らし、俺はぼんやりと虚空を眺める。
緩やかな風の音に混じり、静かな水音が辺りに響いた。
「……終わったのじゃ」
「あ、うん。じゃあえっと……はい。これ使って」
顔を背けながら布切れを渡した……。
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