第25話 魔王とその子供たち

 ――人間界を放浪していたドラゴドーラは、魔界に連れ戻されていた。

 彼は正気を失っており、もはやまともに会話することができない。精神が完全に壊れており、『キラー』の能力も失っていた。


 誰よりも早くこれを聞き、重大な事態と考えた者がいた。


 魔王の長男、ニードラルニーラだ。


 細い目に長い金髪。長身で格好の良い彼は長男らしく頼りがいがあり、癖のある兄弟たちのまとめ役でもあった。


 ニードラルニーラは父親と兄弟たちへ呼び掛け、城の大広間に集めた。


 ニードラルニーラ含め5人の兄弟、そして父である魔王が広間の円卓につく。


 父と兄弟がこうして集まるのは珍しい。よほどのことがない限り全員が顔を合わせることはないので、皆には多少の緊張感があった。


「集まってもらったのはほかでもない。ドドのことだ」


 ニードラルニーラが話を切り出す。

 彼が壊れたことは皆、知っている。兄弟の不幸だ。しかし暗い顔をする者はおらず、笑顔や表情を変えずなにを考えているかわからない者ばかりであった。


 円卓にはひと際、豪奢なイスに座っている者がいる。

 縮れた黒髪を肩まで伸ばし、つり上がった目に青い瞳。無精ひげを伸ばしただらしないこの男が魔王アークアーモンである。


 ドラゴドーラのことと聞いた魔王アークアーモンは欠伸をし、興味無さそうな目でニードラルニーラを見た。


「集めたのはそれが理由かぁ? ニニよぉ」


 眠そうな声でアークアーモンは言う。


「そうです」

「はっ、まさか奴のために全員で黙とうするために集めたとか言わないよなぁ?」

「父上、ドドはまだ死んでおりませんが」

「負けた野郎なんか死んだのと同じだ」


 その言に誰も異議を唱えない。

 偉大な神である父親の言葉だからというのもあるが、敗者を死人として扱うのは当然という認識がここにはあるからだった。


「能力を失っているのはご存じですか?」

「それは初耳だなぁ」


 アークアーモンは1日のほとんどを寝て過ごしている上、自然に目が覚めるまで起きることがない。ゆえに、何事かがあっても知るのはいつも遅いのだ。


「なぜ能力を失った?」

「わかりません。ただ、ドドを倒したのはハーフ(半魔人)ではないかと」

「ハーフ……」


 アークアーモンの頭に浮かんだのはナウルナーラだ。

 幼く弱いハーフの娘。それしかナウルナーラについて知っていることはなかった。


「回収に失敗して返り討ちにでもあったか?」


 それはそれでおもしろい。


 ハーフが能力に目覚めたならば、ドドの敗北にも意味があっただろうとアークアーモンは考えた。


「いえ、ドドを倒したのはナナではなく、別のハーフのようです」

「別のハーフ?」


 何者のことか?


 アークアーモンは考えるも、思い当たらない。


「ドドはうわごとのようにマオルドという言葉を口にしています」

「それは名か?」

「恐らくは。父上には聞き覚えがおありではありませんか?」

「……いや、ないな」


 あるかもしれないが、興味の無いことは忘れる。


 そういう男だ。


「キキ姉様が下等種とのあいだに生んだ子の名前です」


 ニードラルニーラはこの場にいない姉の名を口にする。


「キキ? ……ああ、キーラキルのことか」


 そういえばそんな娘もいたか。


 下等種と戯れ、その子を生んだ馬鹿な娘だ。


 ここへ戻して、はたしてそのあとどうしたのか?

 アークアーモンは忘れてしまった。


「そのマオルドというハーフがドドをやったというのか?」

「確証はまだ持てませんが、マオルドが能力に目覚めていればドドを倒すことは可能かもしれません。ナナの回収と合わせて、調べる必要があるかと」

「ふん。任せる」


 もしもハーフが能力に目覚めるのならば、数の不利を無くせてロクナーゼとの争いが圧倒的有利になる。


 アークアーモンは笑う。


 いずれにしろ、脆弱な生物しか作ることのできないロクナーゼに勝ち目はない。自分が唯一の神になるのが早いか遅いかだと、そう考えていた。


「では、わたくしがナナの回収とマオルドなるハーフの調査に行きましょう」


 長い黒髪の背が高い女の兄弟がそう声を上げる。


 カルラカンラ。25歳。

 ニードラルニーラより7歳下の次女だ。


「待つのです」


 その隣から幼い声が聞こえた。


「あね様の回収とマオルドというハーフの調査はこのネネに任せるです」


 ネムネリア。

 金髪の短いツインテールを指で弄りつつ、姉に次いで堂々と発言したのは、一番下の兄弟である6歳の女の子ネムネリアであった。


「黙れネネ。姉の私が行くと言ったのだ。お前が出る幕では無い」

「姉、妹など関係ないです。任務成功に必要なのは実力です。ならばあね様よりネネが行くほうが確実ですです」

「お前……自分のほうが姉のわたくしよりも優秀といいたいのかい?」


 カルラカンラの目が幼い妹を睨み付ける。

 しかしネムネリアは動じず、その目を真っ直ぐに見据えてにらみ返した。


「ですです。おばんのあね様など、とっとと隠居でもして引っ込んでいればいいです」

「なんだとこのガキっ!」


 声を荒げ、カルラカンラはネムネリアの胸倉を掴んで持ち上げる。


「子供相手に大人げないおばんです」

「この……っ!」

「やるですか?」


 見開かれたネムネリアの右目が光り輝く。


「や、やめねーかネネ」


 見かねて兄弟のひとりが止めの声をかける。

 ネムネリアと同じ顔の短い金髪をした少年だ。名はテイラーテレフ。彼はおどおどした様子で姉と双子の妹を交互に見ていた。


「あね様に逆らうのはよくねーよ。あね様だぞ」

「テテはあね様の肩を持つですか? 双子のネネではなく」

「そ、そうじゃねーよ。大人に逆らうのはよくねーって言ってんだ。大人だぞ」」

「関係ないです。ネネ達、父上の子は強さがすべてなのです」


 それにはテテも異を唱えない。


 強さがすべて。


 これは偉大な父の血を受け継ぐ者らの絶対的な共通認識であった。


「……そう。強さがすべて。だから私が行くと言っている」


 掴んでいるネムネリアの胸倉を離してカルラカンラは言う。


「ふん。あね様は己の強さを知らないようですね」

「ひとりじゃなにもできないガキが粋がるんじゃないよ」


 ふたたび2人が睨み合う。

 その様子にニードラルニーラは呆れていた。


「やめないか2人とも。父上の前だぞ」


 そう言われて2人は顔を背け、自分の席へと座った。


「ははっ、まったくうちの女どもは血気盛んだねぇ」


 一部始終を眺め、終始を笑顔で観察していた兄弟がいる。

 名はミットミラード。赤髪をオールバックにした、ニードラルニーラより10歳下の次男である。


「お前が行ってもいいんだぞ、ミミ」


 ニードラルニーラの働きかけにミットミラードは苦笑する。


「僕は遠慮しておくよ。ドドを倒した奴と戦うなんて面倒だしね」

「勝つ自信がないか?」

「本当に面倒なだけだよ。それに、レディを優先するのが男ってもんだろ?」

「都合の良いことを言って……」


 この男はひどくものぐさなのだ。

 ある意味、寝てばかりのアークアーモンに一番似ているとも言える。


「わかった。ならばカルラカンラ。お前が行け」

「あに様!?」


 不服を申し立てようとネネが声を張り上げて立ち上がる。


「兄の決定が不満か? ネネ」

「不満です。ネネのほうが……」

「や、やめねーかネネ。あに様に逆らうんじゃねー。あに様だぞ。あに様……」

「っ……」


 双子の兄に諫められて冷静になったネネは座る。


 逆らっていい者とそうでない者は知っている。

 やや感情的ではあるが、この幼い兄弟は決して馬鹿ではないのだ。


 ニードラルニーラは怒らない。迷わない。

 必要ないと一瞬でも思ったものは、すぐに消す。


 彼はもっとも怖い兄弟だと、逆らってはいけないと、兄弟の皆が肝に命じていた。


「ではわたくしがナナの回収とマオルドの調査に向かうということで……よろしいですね?」


 カルラカンラに視線を向けられたアークアーモンは欠伸をし、


「ああ」


 そう一言だけ行って席を立ち、円卓の大広間から出て行った。

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