第24話 ナナちゃんは愛を知りたい

「ナナはいつも寝るときは全裸じゃ。いきなり裸で寝とったらにーにがびっくりすると母上に言われての。昨夜は薄手のドレスを着とったのじゃ」

「そ、そう。裸じゃないとダメかな?」

「なにも着ないほうがよく眠れるのじゃ」


 そう言われたら服を着てとは言いづらい。ナナちゃんが寝不足になったらかわいそうだし。


「じゃあ、俺は床で寝るから……」

「なんでじゃ?」


 本当に不思議そうな顔で問われる。


 今朝がたのキスや、胸を平気で露出したこともそうだが、この子ほまだ幼いから恥じらいを知らない。だからこうして男に裸を晒しても、それのなにがいけないのかわからないのだろう。

 ……まあ、こんな小さい女の子が裸で寝てようが気にすることもないのだが。


「……ふむ、わかったぞ。こうしてナナが裸で共に寝ることで赤子ができてしまうのではとにーには危惧しているのじゃな?」

「えっ?」

「安心せい。昨夜にも言ったが、わしの身体はまだ未熟じゃ。子を孕んだりはせん」

「いや、そうじゃなくて……」


 この子は見た目に反して中身が大人っぽ過ぎるのだ。

 だから普通の子供ではなく、どこか大人の女性のように思ってしまう。


「じゃあなんでじゃ?」

「それはその……ナナちゃんが女の子だから」

「女の子じゃから?」

「そう。女の子は男の人に裸とか、大事ところは見せないものなんだよ。愛する男の人意外にはね」

「愛する男……」


 ナナちゃんは考え込むように目線を下げて黙り込む。


 やさしさや悲しみ、愛を取り除かれて誕生するのが魔人。

 愛という言葉を口にして、俺は今朝に聞いたその一言を思い出す。


 どのように感情を取り除くのかは知らない。

 人間のファニーさんから生まれたナナちゃんも、もしかすればそれらの感情を失くしているのかも……。

 ナナちゃんは表情に乏しく、感情もあまりおもてに出さない。しかし命を懸けてみんなを守った愛ややさしさがある。だからその3つの感情はあると思うのだが。


「ナナちゃん、愛ってわかる?」

「よくわからないのじゃ」


 それはまだこの子が小さいからか。それとも取り除かれてか。

 判断できない。


「じゃあやさしとか悲しみは?」

「知識としては知っておる」


 知識としては。


 それで感情を持っていると言えるのか。


 これも判断に困った。


「にーにはナナがやさしさや悲しみや愛という感情を取り除かれているのではと思っておるのじゃな」

「あーいや、それは……その」

「その通りじゃ。そもそも父上の持つ血や種からはそれらの感情が取り除かれておる。ナナは生まれる前から、やさしさも悲しみも愛も無いのじゃ」

「でも君は命を懸けて俺たちを助けようとしてくれた。それは愛ややさしさじゃないのかな?」

「それは違う」


 ナナちゃんははっきりと否定する。


「ナナが自決すると言えばドド兄様は任務の失敗を恐れて焦る。焦ったドド兄様は剣を納めるじゃろう。わしはドド兄様について行く振りをして、持っているナイフで兄様の心臓を突こうと考えておった。それだけじゃ」


 冷たい口調から放たれた言葉に、俺は身を寒くする。


 こんな小さな子があの状況でこんなことを考えていたのか。


 ……それよりもやさしさや愛によると思っていたナナちゃんの行動が、実はまったくそうではなかったことに衝撃を受けたし悲しかった。


「連れ戻されるのは嫌じゃし、皆が殺されてはナナにやさしくする者がいなくなる。それは嫌じゃったからの」

「そ、そう……」

「がっかりしたかの?」

「いや……そんなことはないよ

「そうかの」」


 かわいそうに思った。ナナちゃんを。


 やさしさも悲しみも愛も生まれたときから取り除かれているなんて辛すぎる。これらを知らないことが強さなのか? 神の考えが俺にはわからなかった。


「けど……」

「えっ?」


 ナナちゃんの指が俺の唇をなぞる。


「にーにとの口づけは胸のあたりが暖かくなった。胸を熱くしたり、そういうのが愛だと以前に母上から聞いたことがあるのじゃ」

「ナナちゃん……」

「ナナは取り除かれた感情を得ることができるのかもしれん」

「うん。きっとそうだよ」


 俺の母親は魔人だが、親父と……たぶん恋仲になって俺を生んだのだ。ならばナナちゃんだって愛を知ることは可能なはずだ。


「にーにがナナに愛を教えてくれるかの?」

「えっ? 俺が……?」


 ナナちゃんの顔が少しずつ俺の顔に迫ってくる。


「ダ、ダメだよ、ナナちゃん」


 そう言うとナナちゃんは動きを止めた。


「どうしてじゃ? わしは愛を知りたいのじゃ」

「あのね、裸や大事ところを見せたり、キスをしたりは愛する男の人にしかしちゃいけないんだ。つまり……大好きな男の人のことね」

「わしはにーにのこと大好きじゃ」

「それは……どうして?」

「ナナにやさしいからじゃ」

「やさしいから、ね」


 そういう理由で相手を好きになるのも愛だろう。だが、この子はまだ子供だし、俺たちは義理とはいえ兄妹だ。性的なことをする関係じゃない。


「でも俺たちは兄妹だし、君はまだ子供だ。唇同士で口づけをするなんてまだまだ早いんだよ。こういう愛はもっと先でいいから、君はまず家族愛や兄妹愛から学んだほうがいいと思うよ」

「なるほど。口づけをしたりは大人の愛、というわけじゃな」

「まあそういうこと」

「でもわしは……」

「えっ? ん……っ」


 唇に柔らかいものが触れる。

 それがナナちゃんの唇であることは考えるまでもなかった。


「ん……んっ、はむ……ん……にーに」


 ようやく口を離したナナちゃんは恍惚とした表情で俺を見下ろしていた。


「ナ、ナナちゃん、どうして……?」


 俺の言いたいことがわかってくれたのでは。

 そう思ったのだが。


「ナナはまず、大人の愛を知りたい。だからにーには協力するのじゃ」

「いや、ナナちゃんね、大人とか以前に俺たちは兄妹だから……んっ!?」


 ふたたびキスで口を塞がれる。


 これはいけない。どう考えてもいけない。こんなのは不純だ。ちゃんと拒否をして、こういうことはダメだと大人の俺が厳しく言ってあげなければ。


 ……そうしなければとわかっているのに、俺はナナちゃんのキスから逃れることができない。逆らうことができなかった。

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