第22話 身勝手な神様たち
しかし驚いているのは俺ばかりで、ティアは興味なさそうに欠伸をしていた。
そもそもティアは神の存在を信じていないからこの反応もしかたないが。
「うむ。魔人は人間、魔物は動物、そして魔界とは父上の作った空と海と陸のある世界のことじゃ。ロクナーゼはそれらに『魔』とつけて自らの世界に広めて、父上に対する敵対心を煽ったのじゃ」
信じていた事実が覆され俺は戸惑う。
魔王は神。魔人や魔物は別の神が作った人間と動物。そして魔界とは彼らの神が作ったこことは違う別世界。これを聞いて、彼らが単純に悪なのか疑問が湧く。
「あの……極端な質問なんだけど、魔王ってのはえっと……なんでこの世界の人間を滅ぼそうとしているの?」
その理由によって魔王の善悪が判断できると思った。
「戦争じゃよ」
「えっ? 戦争?」
「父上がこの世界を滅ぼそうとしているのと同じく、ロクナーゼもまた魔界を滅ぼそうとしている。これは神と神の戦争なんじゃよ」
壮大な話をナナちゃんは淡々と語る。
スケールが大きすぎて俺の頭はどうにかなりそうだと言うのに……。
「で、でもなんで神同士が戦争なんか……。それに2人は夫婦だったんだろう? なんで戦争なんかする間柄になってしまったの?」
「お互いが相手の力を欲したためじゃ」
「って、どういうこと?」
「そもそもは2人の夫婦神が協力して世界を作ろうとした。生物を作ることに長けた男神。空と海と陸や無機物を作ることに長けた女神」
それが魔王とロクナーゼか。
「仲良く作ればきっと素晴らしい世界ができたことじゃろう。しかし2人はどちらも欲深すぎての。相手の力を奪って唯一神になろうとしたのじゃ。男神は小さな世界を作り、そこで強力な人間や動物を作って女神の世界に侵攻させた。女神は広大な世界を作り、そこで弱い人間や動物を作って男神の侵攻に対抗させた。そして女神は稀にできる強力な人間を勇者と呼び、世界を守らせたり魔王討伐へ向かわせていたのじゃ」
「……そ、そうなんだ」
俺は一言、そう言うしかできなかった。
魔王は人間を滅ぼそうとする悪い奴。これはそんな単純な話ではない。
神と神が自らの欲望を満たすために争っている。お互いの作った生物を使って。
これを聞いた俺の胸に複雑な思いが去来する。
魔王は俺たちを滅ぼそうとする悪だ。しかし向こうからすれば、俺たちが悪になる。善がどちらにあるかと問われれば、答えることは難しい。
「仲直りとかは……できないのかな?」
「無理ーっ!」
と、ロクナーゼが顔を上げて叫ぶ。
「私のほうが優秀だもーん! あんな奴、滅ぼして力を奪ってやるんだからーがはははは! むぎゅ……」
「父上もそうじゃが、神とは恐ろしく身勝手じゃ。祭り上げて信奉する者たちの気が知れんよ」
「まあ……」
少なくともロクナーゼを見たらそう思う。
「でもさ、ナナちゃんのお父さんが本気ならこの世界の人間はすぐに滅ぼされちゃうような気もするんだけど」
「どうしてそう思うのじゃ?」
「だって魔王の作った人間のほうが強いんでしょ? ドラゴドーラみたいなのがたくさん攻めてきたら勝てないよ」
ひとりであの強さだ。
軍隊のように多勢で攻めてくれば勝ち目などあるはずもない。
「それは無理じゃ」
「どうして?」
「魔物はともかく、魔人は人間ほど簡単にできてはない。父上の血によって弱さを作り出す不純物をすべて取り除かれ、完成するのが魔人なのじゃ」
「弱さを作り出す不純物って?」
「うむ。やさしさや悲しみ、愛という感情とわしは聞いた」
なるほど。
確かにドラゴドーラがそれらを持っているようには感じられなかった。しかしこの言い方だと、ナナちゃんもそれらを知らないように聞こえるが……。
「人間は自らでパートナーを見つけて子を成し、勝手に増えていくが、魔人は違う。父上の血液から作り出されるか、もしくはその作られた魔人が父上の子を孕むかじゃ。魔人同士では魔物しか生まれん。だから数が少ないのじゃ」
「そ、そうなんだ」
別の神が作った人間が魔人。
しかし俺たちとはやはり違う存在なのだと思った。
「もしもこれ以外の方法で能力を持った者が生まれれば……父上はそれを利用しようとするかもしれんのう」
「それってもしかして……」
「にーにのことじゃ」
こちらを見上げるナナちゃんは俺の目をじっと見つめて言う。
「半魔人ならば魔人の能力を使える。以前にわしはそう言ったが、これも仮説に過ぎんかった。この仮説が正しかったことを父上が知れば、この世界の人間たちを浚って半魔人を大量に作り出そうとするじゃろう」
「も、もしもそうなったらどうなるの?」
「恐らく半魔人の軍勢がこの世界の人間たちを一掃するじゃろう」
大変なことだ。
俺のせいでそんなことになってしまうとは。
なんとかしなければと思うが、どうしたらいいかわからなかった。
「ほーら魔王って悪い奴でしょー。だから倒さなきゃダメなのよー」
「父上の力を奪ったのち、強い生物を作れるようになってお前はどうする気じゃ?」
「そりゃーもちろん、強い生物をいっぱい作るよー。そんで既存の弱い生物は一掃してもらうのー。そしたらすごい世界ができるよー。がはは」
「それっていずれにしろこの世界の人間は滅びるじゃないですか!」
「違うよー。1回死んでね、新たな肉体に生まれ変わるの。まあ記憶は消えて見た目も性別も変わっちゃうけど別にいいよねー」
「いいわけないじゃないですか……」
つまりは新たに生まれた強い人間たちに殺されて、まるっきり別人に変えられてしまうってことじゃないか。そんなのいいわけない。
「弱さが無い究極の生物に生まれ変われるんだよー。いいじゃん」
「弱さって、やさしさとか悲しみとか愛ですか?」
「そうよー。私が生物を作るとどうしてもそれが混ざっちゃうの。でも魔王の野郎から力を奪えば弱さを取り除けるようになるのよー。がはは!」
そんなことが実現したら、みんながみんなドラゴドーラのようなひどい奴になってしまう。いや、それ以前に、今を生きているこの世界の人間たちを滅ぼしてしまうなんてことは許せない。……許せないが、神を止めることが俺にできるか? できるはずない。一体どうしたらいいんだ……。
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