第21話 神とは魔王とは

 ナナちゃんは落ちているジャガイモを拾い、背中の籠へ放る。


 なにか手伝いたいと言うナナちゃんだったが、子供でしかも女の子に力仕事は任せられないので(ティアは例外として)、農作物の回収をお願いしたのだ。


「ロクナーゼって……確か女神様の名前だっけ? ナナちゃん知ってるの?」

「うむ。一番最初に父上の妻となった女じゃからの」

「ふーん、そうなんだ……って、えええっ!?」


 女神様が魔王の妻? それってどういうことだ?


 たぶん女神様だと思われる者を見ると、顔を汗まみれにしてそっぽを向いていた。


「あの……ナナちゃんが言ったことはどういう……」

「よ……」

「よ?」

「余計なこと言うなーっ!」


 腕を振り回してナナちゃんに襲い掛かる女神ロクナーゼ。

 慌ててあいだに入って庇った俺がポコポコと殴られる。


「ちょ、いたいいたいっ! 子供相手になにしてんですかっ!」

「だってこいつが余計なこと言うんだもーんっ!」


 こんなに焦るってことは本当なのか。

 しかし女神が魔王の妻って、そんなことありえるのか? そもそもこの人が女神かどうか怪しいもんだけど。……てか、事実を指摘されても、焦らず誤魔化せばいいのに、根が正直なのか単純にお馬鹿さんなのか、なんにせよ残念な女神である。


「そのガキ女が本当のことを言ってるとしたら、つまりこいつは私の言った通り魔物だったってことでしょ。魔人か。どっちでもいいけどさ」

「そうではない」


 否定を口にしたのは女神ではなく、ナナちゃんだった。


「そもそも魔界、魔王、魔人、魔物というものは存在せん。これら呼称はそこの女がこの世界の人間たちに広めたのであって、本来は違う」

「そうなの? でもナナちゃんは魔王や魔人って言葉を使ってるし……」

「便宜上、そう言ったほうがいいと思ったのじゃ。ややこしくなるしの」

「じゃあ本来はどういう呼び名なの?」

「うむ。本来はの……」

「だ、黙れこの半魔人のガキーっ!」

「うあっ!?」


 俺を押し退け、女神ロクナーゼはナナちゃんに飛び掛かかる。

 しかしすんでのところでティアが蹴り飛ばして、女神ロクナーゼはごろごろと地面を転がった。


「子供に乱暴しようとはなんてひどい奴だ」

「いや、お前が言うなっ!」


 ティアの放言に思わずツッコンだが、まあともかくナナちゃんが乱暴されなくてよかった。


「あ、えっと、それでなんだっけ?」

「魔界、魔王、魔人、魔物が本来はなんと呼ばれているかじゃ」


 ナナちゃんは無表情で、顔色ひとつ変えずに答える。


 ちょっとしたことには動じない。

 小さいのにまったくたいした落ち着きよう……と思ったら、いつの間にかナナちゃんの小さい手は俺の服をしっかり掴んでいた。


 やっぱりちょっと怖かったのかな?


 時折見せるこういう年相応な幼さは微笑ましい。


「にーに、わしの顔を嬉しそうに眺めてどうしたんじゃ?」

「あ、いや、なんでもないよ。ナナちゃんはやっぱりかわいいなと思って」

「か、かわいいじゃと?」


 無表情の頬がほんのり朱に染まる。


「そんなことないのじゃ!」


 と、ナナちゃんはちょっと大きな声で否定するが、


「えっ? かわいいよ」


 初めて見たときから綺麗でかわいい子だと思ってた俺は、当然の如くそう言う。


「かわいくないのじゃーっ!」

「かわいいのに……」


 褒められることに慣れていないのだろう。それとも恥ずかしがり屋?

 ナナちゃんは真っ赤な顔で頬を膨らませていた。


「にーにはもーっ! にーにはーっ!」


 ぺちぺち腕を叩かれる。


「ごめんごめん。もう言わないよ」

「うむ。それでいいのじゃ」


 フンと鼻を鳴らすかわいいナナちゃんの頭を俺はぽんぽんと撫でた。


「マオ兄さん、私は? 私もかわいい?」

「えっ?」


 ものすごい真剣な表情のティアが俺を見つめる。


「お前はかわいいというより美人だな」

「嫌だ! かわいいがいい!」

「じゃ、じゃあかわいい」

「よしっ!」


 他愛の無いことなのにとっても嬉しそうである。


「ねーねー私はー? 私もかわいいでしょー。かわいい私からのおねがーい。そのガキ殺して黙らせてーむぎゅ……」


 ロクナーゼの頭をティアが地面に踏みつけて黙らす。


「子供を殺せとか、あんた本当に神様か?」


 冗談でも言っていいことではない。


「神の邪魔する奴はみんな死ぬのだーむぎゅ……」

「黙れ」


 ふたたびティアに頭を踏まれて地面に突っ伏し、身体をじたばた暴れさせるロクナーゼ。


 神様とは思えないひどい有様である。


「本当に神様なんですか?」

「本当に神じゃ」


 ナナちゃんが答える。


「だから自分の作った生物やそれ以外の無機物を依り代にできるのじゃよ」

「そうなんだ」


 しかしそれを聞いても、ここで頭を踏まれて藻掻いているのが神様だなんて信じられなかった。


「そして父上も同じく神じゃ」

「魔王が……神?」


 神とは唯一無二の存在。

 そうだと思っていた俺は、ナナちゃんの言葉を聞いて驚きを隠せなかった。

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