第20話 女神が魔王を倒せと催促してくる

 ハエは怒っているようにぶんぶんと大きな音を立てて飛び回る。


「魔王がどうでもいいって、それじゃ人類はどうなんのさ? 滅亡しちゃうじゃん」

「もう知らん。他当たれ」

「ひょえぇぇ!? そんな!」


 一言で一蹴されてハエはふらりと地面に落ちる。


「だ、だって、魔王は人間の滅亡を考えてるんだよ! あんたたちも死ぬじゃん!」

「死なない」

「謎の自信っ!」


 確かに謎の自信である。


「伝説の勇者が現れたー。魔王を倒してくれるーって世界中の国に言い回っちゃったんだよ私! どうしてくれんのよこれ! 私これじゃ嘘つきじゃん! 神なのに!」

「知らん」

「ひょえぇぇ! 無責任っ!」


 まあ勝手に言い回ったのだから、それはまあ知ったことではない。


「だいたい、私は魔王の息子に負けたんだよ。魔王に勝てるわけないじゃん」

「そこはまあ……経験と努力で強くなってさ」

「私は努力が嫌いなの」

「怠け者っ!」

「うるさい」


 ティアはハエを踏み潰す。


「あーまた潰しちゃって……」

「だってうるさい」

「でも本当に魔王はどうだっていいのか? 人間を滅ぼそうとしてるのはほんとみたいだし、いずれは俺たちも殺されるぞ」

「大丈夫でしょ。いざとなればマオ兄さんが守ってくれるし」

「いやでも、俺の力は……」


 すごく不安定だ。

 自分の意志では使えないし、そもそも俺の本当の能力ではないみたいだし。


「そうっ! それを使えばいいんだよ!」

「うあっ!?」


 足元の土が盛り上がり、なにか人型のものが起き上がってくる。

 俺を転ばせて現れたのは、土でできた女神像であった。


「じゃじゃーん! 女神様さーいとーじょー!」


 土が肌色となり、作り物だった女神像は白いスカートをなびかせる神々しい女性の姿となった。


「どうよこの美しさー。ひれ伏してもいいぞ人間どもー。がははー」

「は、はあ……。てか最初からその姿で登場すればよかったのでは?」


 ハエやらジャガイモにならず。


「身体を作るのって面倒なのよー」

「そ、そうですか」


 面倒とか……人間的過ぎてやはり神様らしくない。

 しかし初めて会ったときはもう少し神様らしく振舞っていた気がする。ティアに魔物扱いされてすぐに本性が出たけど。


「そんなことよりさー、魔人を倒せるほど強いならあんたが魔王を倒してよ」

「いや、俺の力は自分の意志で使えるものじゃないですし、まだよくわからないこともありますから無理ですよ」


 人間を滅亡から救えるものなら救いたい。しかし俺が使える力『ガーディアン』は守るためだけの力だ。誰かを倒すためだけの目的には使えない。

 それに……人間の敵とはいえ、魔王はナナちゃんのお父さんだ。それを知ってしまっては、心情的に倒すのは難しい。


「て言うか、俺がこういう力を持ってるってこと、なんで前に会ったときに教えてくれなかったんですか?」

「だって知らなかったしー、ぷっぷぷー」」


 唇を尖らせてアホな顔でおどける。


 知らないことがあるって……やっぱり神様じゃないのかも。


「じゃあがんばって力を使いこなしてよー」

「そんなこと言われても……」

「魔王を倒せばこんな田舎で貧相な暮らしをしなくて済むよー。おっきな国のお姫様と結婚して王様になれるかも。女の子にもモテるしさ、愛人作り放題だよ。だからさ、ねっ、ねっ、魔王倒すためにがんばろうよー」

「王様とか興味ないし、モテるとかも別にそんな……あ」

「えっ? うひゃんっ!」


 ティアが女神を背後から蹴り飛ばす。

 かなり盛大に吹き飛んだ女神だ地面に頭から突っ込んだ。


「マオ兄さんに危険なことやらせるな。てか姫と結婚とか愛人とかふざけんな。ぶん殴るぞ」

「蹴られたー」


 起き上がった女神は泣きそうである。


「女神を蹴るなー! 早く魔王退治行けー! このアホ人間どもー!」

「魔王退治はもうしない。失せろハエ女」

「ハエ女じゃなーい!  私は女神よー! てかせめて名前で呼んでー!」

「名前なんか知らん」

「最初に言ったー!」


 言ってたかも。

 そういえばドラゴドーラもその名を口にしていたような……。


「いい! ちゃんと覚えておきなさーい! 私の名前はー……」

「――ロクナーゼ」

「えっ? あ、ナナちゃん」


 呟きとともに現れたのは、大きな籠を背負ったナナちゃんであった。

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