第19話 女神様?

 身体を起こし、先ほどのジャガイモを見つめる。


 空耳……だったか?


 きょとんとしているティアと目を合わせた。


「これ、しゃべらなかったか?」

「うん。しゃべった……かも」


 おもむろにティアがジャガイモを持ち上げる。


「あーこのアホ勇者ー。早く魔王を……」


 大きく振りかぶったティアは、ジャガイモを彼方へと投げ飛ばす。


「あれはジャガイモの魔物だった」

「そんなのいるのか?」

「私も初めて見た」


 本当に魔物だったのか?

 しかしどこかで聞いたことがある声だったような気も……。


「なーにすんのこのーっ! 私は神様よーっ! 投げ飛ばすなんてー……」


 口を利いた別のジャガイモもティアは投げ飛ばす。


「しつこい魔物だ」


 ティアはチッと舌を打つ。


 こういうやりとりが以前にもあったような……。


「このーっ! 話を聞きなさいよーっ!」

「あ、もしかして……」


 今度は俺がジャガイモを拾う。


「あの、女神様かもしれない魔物ですか?」

「魔物じゃないってーっ! 女神様よーっ! 偉いのーっ!」


 この感じはやっぱり、あのとき森に現れた女神だか魔物だか不明ななにかである。


「それあんときの魔物?」

「そうみたい」


 答えると、ティアはジャガイモを奪い取る。

 そして握り潰した。


「またなんか話があったんじゃないか?」

「魔物の話なんて聞く価値無し」


 ティアはあれを魔物と断定しているようだ。


「このアホ勇者ーっ! 私は魔物じゃ無いって言ってんだろーっ!」


 今度は足元にジャガイモが無い。

 しかし声は聞こえる。


 どこだろう?


「ここー」


 ぶーんと視界をハエが横切る。


「またハエに……」


 この不思議な存在について、俺はティアほど魔物と断定しているわけではないが、女神と考えるにはいろいろと尊厳が無さ過ぎる。


「やっぱりハエ女じゃないか」

「だってジャガイモだとあんた投げたり潰したりするじゃーん」

「ジャガイモに限らん」


 ティアの手がハエを叩き落とす。


「こ……この馬鹿女ぁ。話を聞きなさいよー」

「そのまま勝手に話せば」


 相手にするのが面倒になったのか、ティアは背を向けて飛竜の解体を再開した。


「うう……いつか罰が当たるかんねー」


 すぐに罰を与えられない神とは情けない。

 まあ魔王討伐を人間に頼むくらいだし、しかたないか。そもそも本当に神なのか怪しいもんだけど。


 ダメージはそれほどなかったのか、ハエはぶーんとふたたび飛び上がる。


「それはともかくさー、なんであんたら戻って来てんのさ?」


 まあ聞いてくるのはそれだろう。

 予想はできていた。


「早く魔王倒しに行けよー。人類滅亡するぞー」

「まあそうなんですけど……」


 俺はティアに視線を向ける。


「マオ兄さんが行かないならもう魔王退治には行かない」


 きっぱりとティアは言う。


「じゃあ2人で行きなよー」

「て言うかさ、さっき言った半魔人ってなんだよ?」


 あっさりと巨竜の解体を終えたティアが、剣を肩に乗せて問う。


「半魔人ってのは、人間と魔人の子供ってこと。この人間の母親は魔人なの」

「本当なの? マオ兄さん」

「まあ……うん。事実だ。今朝、親父から聞いたよ」

「そうなんだ」


 特に驚いた様子も無く、平静な表情でティアは俺を見ていた。


「驚かないのか?」

「別に」

「怖いとか……」

「無い。マオ兄さんはマオ兄さんだし、親がなにとかどうでもいいじゃん」

「ティア……」


 ……参った。

 長く付き合っているくせに、俺はティアの友情を見くびっていたようだ。


 そんな自分を格好悪く思い、ひどく卑下した。


「まあ、あのガキ女と同じってのは気に入らないけど」

「ガキ女って……ティア。もしかしてナナちゃんのこと……」

「あいつも半魔人ってやつなんでしょ? 斬られて倒れてるときに聞いた。あんまりはっきりしなかったけど、あいつが言ってた下等生物とのハーフってガキ女のことかなって」

「そ、そうか……」


 俺がドラゴドーラを倒したときに意識があったならば、あのときにした会話なども聞いているのは当然だろう。ティアがなにも聞いてこないので、知らないとばかり思っていた。


「なんか隠してるっぽかったけど、もしかしてこのこと?」

「うん……だってさ、俺たちは魔王を倒すために旅をしていたんぞ。ナナちゃんが魔界から来た半魔人なんて知ったらお前がどんな反応をするか怖くて……」

「しかも魔王の娘だしねー」


 余計なことを……


 しかしここまで知られているならば、もはや隠すことも無いか。


「魔王の娘……。あのガキ女がね」

「テ、ティア、魔王の娘でもナナちゃんはとっても良い子なんだ。お母さんのファニーさんも良い人だしさ、だから危険とかは全然無いよ」

「危険? そんなこと考えてないよ」

「えっ?」

「ファニーって人はまあ良い人だと思う。既婚者だから安心だしさ」


 既婚者だから安心とは謎な理由だが、良い人と思ってくれるのはよかった。


「ただあのガキ女は気いらない。マオ兄さんと仲良くしてさ」

「仲が良いのはダメ……なのか?」


 まさかナナちゃんが俺を魔王の手下にするとでも考えているのだろうか。


「ダメ。マオ兄さんと仲良くしていい女は私だけなの」

「なんだそれ……」


 意味は分からないが、懸念したような理由ではないようで安心した。


「あ、てことはさ、あのガキ女が兄様とか呼んでたあの魔人は魔王の息子ってことなんだ」

「まあ……そういうこと」

「ふーん。ま、どうだっていいけどさ」


 あっけらかんと言い放つティアの態度を俺は少し妙に思う。


「いいのか? どうだって? 魔王を倒すために旅をしていたのに、魔王の息子に負けて悔しいとかないか?」

「うん。もう魔王とかどうでもいいし。てか私、戦うのが得意だから剣士をやって小遣い稼いでいただけでさ、戦うことには興味ないんだよね。だから戦いに負けても、こうやって身体が平気でマオ兄さんも無事ならいいかなって感じ」

「そ、そうなのか」


 そういえば昔から喧嘩は強かったけど、それを自慢したりすることはなかった気がする。戦うのが好きとも、ティアの口からは聞いた記憶が無い。


「そうなの。……まあ、慰めてくれるなら少し傷ついた振りしてもいいけど」

「振りって言ったらもう慰められないだろ」

「そうだった。残念」


 そう言って苦笑したティアを見て俺は笑い出す。

 ティアも楽しそうに笑っていた。


 ティアが半魔人の俺を受け入れてくれたこと。魔王の近しい者であったナナちゃんとファニーさんを危険視しないでくれたこと。それがとても嬉しくて、俺の心は晴天の晴れやかさであった。


「まあなにはともあれよかった。うん。よかった」

「いや、よくなぁいっ!」


 と、気分の良さに横やりを入れたのは、ぶーんと飛び回るハエであった。

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