第16話 ティア、怒る
礼儀正しい子だ。それに不器用だけど、心の優しい子だと思う。
しおらしいナナちゃんの態度に毒気を抜かれたのか、ティアの顔は先ほどよりも幾分、穏やかになっていた。
「……ふん。礼なんかいらないよ。私はマオ兄さんを助けたかっただけだもん」
「こらティア! せっかく丁寧にお礼を言ってくれてるのにあんたって子は!」
「いいんじゃ」
ナナちゃんは頭を上げる。
「それでも助けてもらったことに変わりはない。感謝しておる」
「ふん……」
とりあえず場は収まったか。
おばさんは
「じゃあママは下に戻るからね。ナナちゃんをいじめちゃだめよ」
そう言い残して部屋を出て行く。
俺とナナちゃんはイスに座り、おばさんがテーブルに置いて行ったハーブティを飲み、干し芋のお菓子をいただく。
「そういえばティア、他の連中はどうしたんだ? お前だけ戻って来たのか?」
「うん」
まあそうだろうな。
レイアスらの姿は見えないのでそれは察することができた。
「マオ兄さんはなんで勝手に帰っちゃったのさ?」
「それは……」
出て行けとレイアスに言われたから。
しかしそれは切っ掛けだ。自分が役立たずであったことは知っていたし、あのまま共に旅をしていればどこかで魔物に殺されていたかもしれない。
顔が良いのは気に食わないが、レイアスには感謝している。
彼の一言が俺に決断させてくれたのだ。
しかしレイアスに言われて……と話したらティアは彼を不快に思うかもしれない。リーダーに断りもなくパーティメンバーを追い出すなど勝手ではある。
俺もティアに黙って出て行ったのは悪かったと反省していた。
「……いや、勝手にパーティを抜けたのは悪かったよ。けど、お前だってわかっていたはずだ。俺がみんなの役に立っていないどころか足を引っ張っていたことに」
「それが?」
「えっ? いやそれがって……俺がいたら邪魔だろ?」
「そんなわけないじゃん」
ティアははっきりとそう言う。
「マオ兄さんが一緒じゃなきゃ旅する意味が無いし」
「俺が一緒でなきゃって、どういう意味だ?」
俺が必要な理由でもあったのか?
「マオ兄さんがいなきゃ旅行が楽しくないって意味」
「旅行って……遊びじゃないんだぞ。俺たちは魔王を倒すために……」
そこまで言って俺は口を閉じる。
隣には魔王の娘であるナナちゃんがいるのだ。
親子仲は良くないようだが、魔王討伐とかこういう話は控えるべきだろう。
「んー? どうしたのじゃ? にーに」
干し芋を手にナナちゃんは首を傾げる。
「いや、なんでもないよ」
「そうかの」
そう言って干し芋をはむはむかじるナナちゃんの頭をポンと撫でた。
「むー……」
「ん? えっ? な、なんだよ?」
ティアがむっちゃ俺を睨んでいる。
そして頭を突き出してきた。
「私も撫でてっ」
「撫でる? 別にいいけど」
栗色の髪をポンと撫でてやると、ティアはにっこりと微笑んだ。
「私へのなでなでのほうが愛情がこもってたね」
「そうか?」
違いを出した覚えはないが。
「そうなのかの?」
「そんなつもりはないけど、ナナちゃんはどう思う?」
「ふむ……よくわからんな」
まあそうだろう。撫でた俺もよくわからない。
「朝ににーにとした口づけはすごく胸のところが暖かくなったのじゃ。あれが愛情というものなのかのう」
なにげなく言ってナナちゃんはハーブティを口に含み、ほうと息を吐いた。
「ナ、ナナちゃん……。あの……ティア、口づけって言ってもあいさつみたいなもんだ。やましい意味は無い。まあこんな小さい子を相手にやましいもなにも無いけどな。はははっ」
なら別に弁解する必要も無いのだが。
「テ、ティア? どうした?」
なぜか俯いている。
やがて顔を上げたティアの目はいっぱいに見開かれていた。
「ひぇ……なんて顔してんだお前」
「そんなことよりさ、マオお兄さん」
ゆっくりとティアはベッドから下り、立てかけてある剣を手に取る。
「な、なんだよ? 剣なんか持って」
「うん。これでさ、私と心中してくれる? それかその女を殺すかどっちか選んで」
「は? なに馬鹿なこと言ってるんだよ?」
「選べ」
「えっ?」
「選べーっ!!!」
剣を振り上げたティアに驚いてイスから転げ落ちる。
「大丈夫かの?」
「いてて……あ、うん。大丈夫」
この状況にもナナちゃんは驚かず、落ち着いた様子でハーブティを飲んでいた。
「私以外の女がマオ兄さんと仲良くするなーっ! うああああんっ!」
「まてまてっ! なんかわからんがとにかく剣を下ろせっ! あぶないっ!」
「うあああああっ! 私と死ねーっ!!!」
「ひええええっ!」
……この直後、おばさんが怒鳴り込んで来てティアはなんとかおとなしくなった。
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