第15話 ティアを見舞う

 ティアの家は俺の家からちょっと遠い。

 というより、この村は隣近所が離れ過ぎていて用でも無ければ同じ村人には会うことすら滅多に無い。


 進行方向には川がある。道の先にはその川を渡る橋が架かっていた。


「ティアの家はあの川の向こうだよ」

「うむ。知っておる。前に母上とあいさつに行ったからの」

「そっか」


 ナナちゃんの手を引き、橋を渡ってティアの家に向かう。


「ここだよ」


 家に着いた俺は扉を叩く。


「はぁい。どなたですかぁ?」

「あ、おばさん、こんにちは。俺です。マオルドです」

「まあっ、マオちゃんっ」


 扉が開くと、ティアの母親が笑顔で出迎えてくれた。


 おばさんと言ったが、まだ30歳だ。14歳のティアの母親にしては若いと思う。


「あらーこんにちはぁ。ひさしぶりねぇ。元気だった?」

「ええまあ」

「そーよかったぁ。あらあらナナちゃんもこんにちはぁ」

「うむ。こんにちはじゃ」


 俺の手を離したナナちゃんはドレスを摘まんで丁寧にあいさつをする。


「あの、ティアの具合はどうですか?」

「ティア? あーちょうどさっき目が覚めたのよぉ。なんだか大怪我したみたいだけど、ファニーさんが治してくれたみたいでねぇ。まーあの子が怪我するなんて珍しくないから驚かないけどねぇ。けどほんとファニーさんって良い人よねぇ。私が腰を痛めたときは家事の手伝いに来てくれたしねぇ。ついでに腰の治療までしてくれちゃってありがたかったわぁ。旦那なんかファニーさんみたいに献身的で美人の嫁がほしかったなんて言うのよぉ。ぶん殴ってやったわよぉ。それでねぇ……」

「あ、お、おばさん、俺、ティアの様子を見てきますから」


 このおばさんは話を始めると止まらないのだ。

 こっちから止めない限り、たぶんずっとしゃべっているだろう。


「あらそうぉ? じゃあ、あとでお茶とお菓子を持っていくわねぇ」

「はい。ありがとうございます」


 ナナちゃんを連れて2階へ上がる。そして部屋の前に立って扉を叩いた。


「ティア? 俺だ。入ってもいいか?」

「あ、マオ兄さんっ! いいよっ! 入ってっ!」


 元気そうな声が返ってきて安堵する。


「入るぞ」


 扉を引いて部屋に入ると、ベッドの上で頭までシーツを被っているティアの姿が目に入った。


 あれ?


 元気な声を聞いたので、てっきり起きているのかと思っていた。


「うー死ぬー」

「死ぬ? さっきは元気な声を出してたじゃないか」

「えっ? あ……さ、さっきのはカラ元気だよっ。ほんとは死にそうなのっ」

「そうなのか? 傷は治ったって聞いたけど……」


 あれほどの大きな傷だ。

 やはりそう簡単には治らないのかも。


「うー痛いー」

「大丈夫か?」

「うーダメー誰かが添い寝してくれれば治るかもー。名前にマがついてオがついてルがついてドが付く人がー」

「いるかなそんな人……」

「にーにのことじゃ」


 瞬間、ティアがベッドから飛び起きた。


「お、やっぱり元気そうじゃ……」

「誰じゃその女ぁーっ!!!」


 元気が過ぎる大声をティアは張り上げる。


「お、女って……ナナちゃんのことか? この子はまだ子供だよ」

「でも女じゃんっ! 女の幼体じゃんっ!」

「女の幼体って……」


 そんな言い回し初めて聞いたわ。


「あいさつがまだじゃったな」


 ナナちゃんはドレスを摘まんで頭を下げる。


「ナウルナーラじゃ。皆はナナと呼ぶ。よろしくの」

「よろしくー……って違うっ! お前、マオ兄さんのなんだよっ? 仲良さそうにしてさっ! 仲良さそうにしてさっ!」

「落ち着けよ。なに興奮してるんだ。この子は俺の義妹だよ。親父が結婚してな。相手の連れ子なんだ」

「ぎ、義妹……」


 ナナちゃんが何者か知って落ち着いたのか、ティアはおとなしくなる。


「義妹じゃ結婚できるじゃんっ!」

「えっ? ま、まあそうだけど、なんでそんな話になるんだよ?」

「それはだって……その……わかるでしょ?」

「いや、わからんけど」

「ばかーっ!」


 枕を投げつけられる。


「な、なんだよ急に怒って」

「怒るよ! だって鈍感なんだもの!」


 なにが鈍感なんだ? わけわからん。


「ん?」


 ナナちゃんが俺の服を引っ張る。


「ティアはにーにの子供がほしいと言ってるのじゃ」

「えっ?」

「なっ!?」


 またナナちゃんはませたことを。


 やれやれという気持ちでベッドへ目を向けると、そこには顔を真っ赤にしたティアがいた。


「な……」

「ど、どうしたティア?  まさかお前……」

「なに言ってんだこのクソガキーっ!」

「ちょっ! ティアっ?」


 ナナちゃんに飛び掛かろうとしたティアを必死で止める。

 だが俺の力でティアを止められるわけはない。


 あっさり力負けしたところで……


「こらティア!」


 お菓子とお茶を持って入ってきたおばさんの一喝でティアはビクリと身を震わせて動きを止めた。


「小さい子に乱暴しちゃダメでしょ! まったくお前は、いくつになってもそうなんだから!」

「だ、だってママ、こいつが……」

「だってじゃないの! あんたもう14歳でしょ! 6つも下の子と喧嘩なんてするんじゃないの! 」

「うう……だってぇ……」


 普段は豪放なティアが縮こまっている。

 粗暴な彼女も母親だけには弱いのだ。


「ごめんねナナちゃん。この子はあとでよーく叱っておくから」

「いやその必要はない。どうやらナナが余計なことを言ったらしいのでな。ナナが悪いのじゃ」

「まあ小さいのにこの子をかばって。偉いのねぇ。ティアはナナちゃんを見習いなさい」

「うう……」


 ……かばっているつもりなんだろうが、これではティアにとって屈辱的だろう。

 ナナちゃんは良い子だけど、世間なれしていないのかひどく不器用である。


「母上どの、偉いのはティアじゃ。ナナはティアに礼が言いたかったのじゃ」

「あら? この子にお礼を?」

「うむ。あのときティアが来なければ、ナナの母上はドド兄様に殺されていたかもしれん。本当に感謝しておる。ありがとうなのじゃ」


 そう言ってナナちゃんはペコリと頭を下げた。


 深く感謝をしていて、ずっとお礼を言いたかったのだろう。


 ナナちゃんは頭を下げたままなかなか上げなかった。

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