第17話 帰宅
家へ帰るためティアの家を出る。
「病み上がりなのに寝てなくて平気か?」
ティアも一緒に来ると言う。
治ったとはいえ、あの大怪我を見ている俺としてはしばらく安静にしていたほうがいいと思うのだが。
「畑にある竜の死体、マオ兄さんとヘイカーおじさんだけじゃ片付けるの大変でしょ。傷はもう痛くないし完全に治ってるから大丈夫」
やや早口に言うティアの目がナナちゃんを睨む。
一体、なにが気に入らなくてこんなに機嫌を悪くしているのか?
俺がナナちゃんにキスをされたことが原因だとしたら、なぜそのことでティアがこんなに怒るのかわからない。小さな子の戯れのなにがそんなに気に入らないんだろう? 俺にはさっぱりであった。
「にーに」
「うん」
差し出されたナナちゃんの手を掴む。
「私もっ!」
反対側の腕を掴んで引き寄せたティアは、自分の身体に密着させた。
「そんなにくっついたら歩きにくいだろ」
「いいのっ! ていうか私にもキスしてよっ!」
「ええ……いや、ナナちゃんとしたのは不意打ちだったから……その」
「じゃあ私も不意打つっ!」
顔を近づけてくるティア。
唇と唇が触れそうになったその瞬間、グイとナナちゃんに手を引かれて唇は逸れた。
「にーに、早く帰るのじゃ」
「あ、うん」
そのまま引かれて歩き出す。
「こ、この女……」
俺の腕にしがみついているティアは、相変わらずナナちゃんを睨みつけていた。
……
家に戻ってくると、畑の前で頭を掻いている親父とその隣に立っているファニーさんを見つける。
「お、帰ってきたか。ははっ、両手に花だな。マオルド」
ティアとナナちゃんに囲まれている俺を見て親父は言う。
「なに言ってんだ。それより早くこの竜の死体を片付けよう。ティアが手伝ってくれるって言うからさ」
「けど、身体のほうは大丈夫なのかい?」
「うん。大丈夫です。もうなんともないですから」
傷があった箇所を撫でながら、ティアは首を巡らす。
「えっと……ヘイカーおじさんと結婚した人って、あなた?」
「あ、はい。ファニーです。こんにちは」
ファニーさんは深くお辞儀をする。
「傷を治してくれたって聞きました。ありがとうございます」
表情無くティアはそう言う。
普段が普段なので野獣のような女と思われがちだが、これでも最低限の礼儀は備えているのだ。お礼はちゃんと言える。なんか不機嫌そうだが。
「いえ、お礼を言うのは私のほうです。あなたが来なければ死んでいたかもしれないのですから。ありがとうございました」
「結果的には……ですから、礼はいりません」
「いえ、それでも感謝しております」
ナナちゃんと同じことを言っている。
やっぱり親子なのだな。
「けど、私の治癒術は怪我をした人の治癒力を高めるものです。ティアさんの負った傷の深さですと、まだ痛むはずですが……」
「そうなんですか? なんともないですけど」
ティアは傷のあった場所をドンと叩く。
そもそも丈夫なのだろう。
風邪もひいたことがない。というか怪我すらしたことないような……。
「まあ……魔界にもそんな傷の治りの早いかたは……」
「魔界?」
「い、いや、ファニーさんはマカイって言う町に住んでたことがあるんだよっ! ねえファニーさんっ、そうでしょうっ?」
「えっ? あ、ああ、そうです。前はマカイって町に住んでて、丈夫な人が多かったんですよー。ほんとに」
うまく話を合わせてくれた。
俺や親父は受け入れたが、他の人間がファニーさんとナナちゃんの素性を知ったらなんと思うかわからない。ティアのことは信じたいが、もうしばらく黙っておいたほうがいいだろう。
「マカイ? 聞いたことない町だけど……」
「へー魔界にマカイなんて町があるなんてなんかおもしろ……」
「あ、蚊がっ!」
「えっ? いたぁ!」
余計なことを口走った親父の頬をファニーさんが平手で叩く。
蚊などいない。つまりはそういうことだ。
ファニーさんナイス。
「はい、蚊は潰しましたよ。さあヘイカーさん。暗くなる前に竜の死体を畑から片付けちゃいましょうね」
「えっ? う、うん……痛い」
親父の腕を引いてファニーさんは行ってしまう。
残された俺はティアに向かって苦笑して見せた。
「なにか隠してない?」
「隠してないよ。さ、それじゃあ片付けを始めますか」
悟られないうちに俺はティアから離れ、納屋にあると思う斧を取りに向かった。
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