第12話 初めてのキス

「そのひとりとはわしの姉じゃ。一番上の……歳は30個くらい離れておる」


 ずいぶんと歳の離れた姉妹だ。

 まあ、それはとりあえず置いておくとしよう。


「姉のキキ姉様……キーラキル姉様はわしが生まれるずっと前のことじゃが、父上に逆らって人間の世界へ行ったと聞く」

「その人が俺の母親?」

「名をヘイカーパパに聞いたことはないかの?」

「いや……」


 親父はあまり母のことを話したがらない。

 だから俺もあまり聞かないようにしていた。


「そうか。わしもキキ姉様のことはあまり知らん。ただ、人間の世界から連れ戻されたキキ姉様は魔人の能力を失っていたと聞いておる」

「魔人の能力を? どうして?」

「わからん。そんな事例は初めてだったそうじゃ」

「そうなんだ」


 魔人の能力についてはよくわからない。

 しかしどうやら通常で失うことはないもののようだ。


「キキ姉様の能力は『ガーディアン』。誰かを守りたいと強い気持ちを持ったときに発動する能力じゃ」

「その能力が発動するとどうなるの?」

「気持ちの大きさに比例して身体能力が向上する。無限にの」

「無限に……」


 それが凄まじい能力だということはわかった。


「にーにがドド兄様を倒した能力に似ておる」

「そうなの?」

「うむ。にーにの発動させた能力が『ガーディアン』だとして、わしを守りたいという気持ちでドド兄様の『キラー』を上回ったとすれば結果に辻褄が合う」

「いやでも、なんで俺がその『ガーディアン』って能力を持ってるの?」

「わからん。にーにの母がキキ姉様だとしても、ありえぬことじゃ」

「そっか……」


 結局はわからないことだらけ。

 なぜ俺が気絶していたまま戦っていたのかも謎である。


「ともかく、にーにがナナを守ってくれたのは事実じゃ。遅れてしまったが礼を言わねばならぬ。ありがとうのう」


 ナナちゃんは俺の胸にひしと抱きつきそう礼を言った。


「覚えてないからお礼を言われてもなんか変な感じだけど、まあなにはともあれナナちゃんもみんなも無事でよかったよ」


 わからないことだらけだが、皆が無事という現実だけで俺は満足できた。


「ナナはにーにに命を救ってもらった。言葉以外にもなにか礼が必要じゃな」

「いや、いらないよ。ナナちゃんが無事だっただけで俺は嬉しいから」

「それではナナの気がすまんのじゃ。しかし物で礼をしようにもナナは高価なものなどもっておらん」


 8歳の子から高価なものなどもらっても困るからそれはよかった。


「ふむ。物では無くにーにが喜ぶ礼はなんじゃろう? うーむ……にーには男。男のにーにが喜ぶナナにできることと言えば、これくらいかのう」

「えっ?」


 おもむろに顔を近づけてきたナナちゃんの唇が俺の唇に触れる。


「ん……っ!? ナナちゃんっ!」


 驚いた俺は身体を起こしてナナちゃんの身体を離す。


「嬉しいかの?」

「嬉しいかって……」

「ヘイカーパパと母上がしておった。ナナにはよくわからんが、ヘイカーパパに聞いたら男は好きな女にこれをされると嬉しいそうじゃ」

「よくわからないのにしちゃダメだよ……」


 たぶんナナちゃんにとってこれが初めてする口づけだろう。俺もだが……。


 このことを将来この子が後悔して傷つくのではと不安に思う。

 いきなりとはいえ、避けられなかった自分を俺は卑下した。


「嬉しくないかの……?」


 俺の表情から察したのかもしれない。

 ナナちゃんは悲しそうな顔で俺を見ていた。


 嬉しくないと言ったらきっと悲しんでしまう。


 そう思った俺は、


「あー……うん、嬉しいんだけど」


 と、ちょっと曖昧に答えた。


「なるほど。足りないのじゃな」

「えっ? いや、そうじゃないよっ。ナナちゃんっ」


 顔を近づけてくるナナちゃんを押さえる。


「そうなのかの?」

「そ、そう。そうなの」

「ふむ。でもこれはなかなか心地の良いものじゃ。もっとするのじゃ」

「ダ、ダメだってっ!」


 キスを避けるとナナちゃんはきょとんとした。


「なんでじゃ?」

「こういうことはね、好きな男の人としかしちゃダメなんだよ」

「わしにーにのこと好きじゃ」

「そういうことじゃなくて……その、恋愛ってわかる?」

「なんじゃそれ?」


 それは知らないのか。


 ませた子なのに恋愛は言葉すら知らないとはなんだか不思議である。


「まあ……親父とファニーさんみたいな関係だよ」

「おー子作りする関係じゃな」

「いやまあ。極端な言い方をすればそうなんだろうけど……」

「わし、にーにの子を産んでもよいぞ」

「ば、馬鹿な事を言ってんじゃないよ」


 恋愛は知らないのに子作りとか、どうもこの子の知識はヘンテコである。


 本人は妙なことを言った自覚が無いようで、きょとんと首を傾げていた。


「変なこと言ったかの?」

「えっ? ああ、まあうん、その……き、君はまだ子供を作れないだろうっ」


 いやそうじゃない。言いたいのはこういうことじゃないんだ。


「わかっておる。いずれの話じゃな」

「いずれもなにも俺たちは兄妹なんだけど……」

「義理のじゃ。安心せい」


 まあそうなんだけど……。


 大人のように振舞うかと思えば、子供らしく無垢なところもある。

 ナナちゃんはなんとも変わった子であった。


「そういえば母上が言っておった。女の胸は男をしあわせにするとな」

「はあ、そうなんだ」


 あの人も娘になにを教えているんだか……。


「口づけで足りぬのなら、わしの胸でしあわせになるのじゃ」

「えっ……って、ナナちゃんっ!」


 自分の背中に手を回したナナちゃんはドレスの紐を解いてから、胸の部分を両手で押さえる。


「わしはまだ童じゃから胸は小さいがいいかの?」

「よくないよっ。いや、小さいのがダメとかそういう意味じゃなくてねっ」


 俺はナナちゃんが服を脱がないようにドレスを押さえに両手を伸ばしたが


「あっ……」


 バランスを崩して前へ倒れこんでしまう。

 直後、頬に触れた感触は暖かく、ほんのりふくよかなものだった。


「ご、ごめんっ。大丈夫?」

「うむ。ふふ、やはりにーにも男じゃ。女の胸が好きなんじゃな」

「えっ? あ……」


 俺は上体を持ち上げて状況を確認する。

 ……どうやら俺はバランスを崩したのちにドレスの肩部分を掴んで引き摺り下ろし、そのままナナちゃんの露出した胸に頬を押し付けて倒れ込んでしまったようだ。


「本当にごめん……」

「なにも謝る必要など無いのじゃ」


 そう言ってナナちゃんは俺の頭を掴んで自分の胸に抱く。


 なぜだろう? こうしてもらうと妙に安心する。


 暖かで……少しだけど柔らかい感触。

 それがすごく俺の気持ちを落ち着けた。

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