第11話 母親

 ――目が覚めると天井が見えた。

 寝起きに見る光景。つまりここは自室のベッドであった。


 どうなったんだ? なんでここに……?


 最後の記憶はナナちゃんが竜の爪に襲われそうになったところで……。


「ナ、ナナちゃんっ!」


 身体を起こそうとした俺は、自分の上体に重みがあることに気付く。

 なにか暖かいものが俺の身体を覆っていた。


「む……にーに、起きたかの」

「ナナちゃんっ!」


 ナナちゃんの姿を目にした瞬間、おもわずその身体を抱きしめる。


 元気だ。なんともない。


 無事なナナちゃんを見て、俺は心の底から安堵していた。


「にーに、苦しいのじゃ」

「えっ? あ、ああ、ごめんね」


 抱いている腕を解く。


 目の前では無表情のナナちゃんが俺を見つめていた。


「えっと……」


 なにから聞いたらいいか……。

 わからないことが多すぎて混乱する。


「な、なんで俺のベッドでナナちゃんが一緒に寝てるの?」


 仰向けの俺に覆いかぶさってじっとこちらを見ているナナちゃんに問う。


「にーにが留守のあいだはわしがこの部屋を使っておったのじゃ」

「あ、なるほどね」


 つまり今はこのベッドがナナちゃんの寝床ということか。

 どうりでパジャマっぽい薄手のドレスを着ているわけだ。


 ……いや、一番に聞きたいのはそれじゃないだろう。


「ナナちゃん……どこも怪我をしてない?」

「うむ。傷ひとつ無いのじゃ」

「そうか……」


 言葉でも無事を確認出来てホッとする。


「親父とファニーさんとティアは?」

「無事じゃ。ティアという女の怪我はひどいが、母上が治した」

「ファニーさんが?」

「うむ。母上は魔界の高等な治癒術を学んでおる。人間を治すくらいならば容易い」

「そうか……」


 誰も死んでいない。

 本当に良かった。


「でも、あれからどうなったの? 俺は気を失ってたみたいだけど」

「なにも覚えておらんのか?」

「うん? うん」


 気絶していたのだからもちろんである。


「ふむ……」


 ナナちゃんは俺から目を逸らして、考えるように小首をかしげた。


「結論から言えば、魔界の魔物もドド兄様もにーにが倒したのじゃ」

「えっ?」

「記憶が無いのならば信じられないかもしれぬが事実じゃ」

「いや……」


 そんなわけない。


 あの巨大な竜どころか、あれより強いだろうドラゴドーラを俺が倒したなんて話は到底信じられるものではなかった。


「わしもよくわからん。しかし間違いなくこれは事実なのじゃ。にーにはわしを守って魔界の竜を倒し、ドド兄様をも倒した。圧倒的な力での」

「圧倒的な力……って、ありえないよ。俺は強くないんだから」

「だがわしは見た。ヘイカーパパも母上も見た。あれが夢であったならば、わしらはみんな死んでここはあの世ということになるの」

「いやまあ……でも……うーん」


 わけがわからない。

 ここがあの世と言われたほうが納得できてしまうほどに。


「正直、この目でしかと見たわしも信じられん。人間があれほどの力を持つなどありえないことじゃ。にーにになにが起こったのかは仮説でしか語れぬな」

「仮説?」

「うむ。わしなりに仮説を立ててみたのじゃ」


 そう言ってナナちゃんは俺の目をじっと見つめる。


「にーによ。そなた……魔人なのではないかの?」

「魔人? 俺が?」


 それこそありえない。


「親父は普通の人間だし、それはないよ」

「母はどうなのじゃ?」

「母は……人間、だと思うけど」


 あんまり知らない。

 知っているのは親父が王都で傭兵をやっていたころに付き合っていた女ということだけだ。どこの出身で何者かなど細かいことは聞いたことがない。


「その母が魔人であれば、にーには半魔人じゃ。つまりわしと同じということになるの。半魔人であれば、魔人の能力に目覚めることもある」

「魔人と人間がその……子供を作ることって珍しくないの?」

「珍しい。そもそも魔人とは父上の血族のみで、数は人間ほど多くないのじゃ。その数少ない魔人が、人間とのあいだに子を作るのは極々まれなことじゃのう」


 やはりそうだろう。

 半魔人など、ナナちゃんの口から聞いたのが初めてだ。


「あ、じゃあ、ファニーさんと魔王は珍しいんだ」

「うむ。父上が母上にナナを産ませたのは気まぐれと聞いておる」

「き、気まぐれ。そうなんだ……」


 自分の出生をたんたんとした声音で気まぐれと言ったナナちゃんに、俺はなんと言っていいかわからず言葉を失う。


「うん? なにか変なことを言ったかの?」

「えっ? あ、いや……別に。それよりも俺の母親が魔人だったとして、魔人の数が少ないなら、もしかしてナナちゃんは俺の母親かもしれない人に心当たりがあったりするかな?」

「ひとりだけおる」


 そのひとりがもしかすると俺の母親なのだろうか。

 しかし自分の母親が人間でないなど、とても信じられるものではなかった。

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