第10話 マオルドの隠された力

 ――ドラゴドーラはほくそ笑んでいた。


 下等生物を母に持つ妹など、以前から気に食わなかったのだ。

 ようやく不愉快な者を葬れると思うと、ドラゴドーラの気分は高揚した。


 竜の爪がナウルナーラに迫る。


 ――死ね


 爪が肉体を貫いた……ドラゴドーラはそう思った。


「なに……?」


 誰かがナウルナーラの前に立ち、爪を掴んで受け止めている。


 誰だ?


「あれは……」


 下等生物の男。

 名前など覚えてもいない。この場にいたらしい下等生物の男が魔界でも凶暴な竜の爪を片手で掴んで受け止めていた。


「にーに……?」

「マ、マオルド……?」

「マオルド……さん?」

「……」


 その下等生物はなにも言わない。

 ただ竜をじっと睨んでいた。


「お前は……」


 何者だ?


 そう問おうとした束の間……。


「ぐぎゃああああっ!!!」


 竜の腕が吹き飛ぶ。


「な、なんです……?」


 マオルドと呼ばれていた下等生物が竜の眼前まで跳躍する。

 そして拳を固めた。


「ぎゃ……」


 その拳が鼻先に触れた瞬間、竜の頭が血しぶきを上げて消し飛んだ。

 そう。言葉通り、首から上が跡形も無くなった。


 頭を失った巨体が大地へと音を立てて横たわる。


「なにが起こっている……? はっ!?」


 目の前にマオルドが現れる。


「くっ……いつの間、ごあっ!?」


 薙がれた蹴りを横腹に食らったドラゴドーラの身体は飛ばされ、遠くの山の地表に激突する。


「ぐ……あ……なんだこの力は? いや、今はそんなことよりも……ひひひっ。下等生物のくせによくもこの私をこんな目に合わせてくれましたね。……殺す。殺してやるぜぇ! クソ下等生物がぁっ!」


 キラーを発動させたドラゴドーラはほぼ一瞬で元の場所へと戻る。

 目の前には、ナウルナーラを守るようにマオルドが立っていた。


「殺す殺す殺すっ! 今の俺はお前を殺したくてしかたないぜぇっ!」


 瞬きする間もなく間合いを詰めたドラゴドーラの剣がマオルドへ迫る。

 ――だが、


「な、に……?」


 避けられた。

 必死な様子もなく、涼しげな無表情でマオルドは上体を反らして高速の斬り下ろしを避けた。


「ば、馬鹿なっ! まぐれかっ!」


 しかし続く斬り上げもマオルドは右へ身体を傾けてかわす。

 半ばムキになって、ドラゴドーラは剣を振り回すも、マオルドにはかすることすらなかった。それどころかマオルドはその場所から移動もしていない。

 そこに立って身体を動かすだけですべての攻撃をかわしていた。


「なんで……避けられるっ! てめえ何者だっ!」


 問われてもマオルドは答えない。

 迫る攻撃を表情無く避け続けるだけであった。


「ならこれでどうだよっ!」


 寸前まで踏み込んだドラゴドーラの剣がマオルドの腹を貫こうと伸びる。


 これは避けられないだろう。


 ドラゴドーラは勝利を確信したが……。


「ぐ……ぐ、な、なんだとぉ!」


 貫いたのは皮の一枚ほどか。

 渾身の突きはマオルドの人差し指と親指に剣先を摘ままれて止まっていた。


「このっ! このっ! ぐうううううっ!」


 力一杯に押しても微動すらしない。

 ならばと引いても剣が動くことはなかった。


「ありえない……こんなことはありえないっ! なぜ下等生物にこんな力がっ!」


 ロクナーゼの作ったできそこないの生物。それが自分を圧倒している。その事実にドラゴドーラは困惑し、そしてありえないこの状況に恐怖した。


「おあ……っ!?」


 剣先を離され、引いていたドラゴドーラの足が背後にもつれて転びそうになる。


「お、お前は……なんなんだ?」


 答えはない。

 名はマオルド。この下等生物について知っているのはそれだけだった。


 マオルドはゆっくりとドラゴドーラに近づいていく。


「し……死ねよぉ!」


 デタラメに振った剣は当然のように避けられる。

 そして頭を右手に掴まれる。


「な、なにを……ああああああああああっ!!!」


 激しい頭痛。

 締め付けられているのではない。頭の中をかき回されているような頭痛がドラゴドーラを襲う。


「があああああああっ! な、ぎ、おおおおおおっ!!!」


 痛みに混じって吸い込まれるような感覚がある。


 ……やがて痛みが無くなると、ドラゴドーラの身体は糸が切れた人形のようにパタリと地面に倒れ伏した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る