第5話 マオルドが去った勇者パーティ

 ――マオルドがパーティから出て行って3日後。

 本来ならば目的地に向けて出発しているはずの勇者一行は、今だ同じ町の宿にいた。


「はあ……」


 ティアは机に突っ伏し、栗色の長い髪を指に絡めつつため息を吐く。


 小さいころからずっと一緒だったマオ兄さん。3日も会わないなんて初めてだ。

 今ごろどうしているだろう? ここへ戻って来るために歩いているかな?


 そうだったらいい。そうでなければどこへ行ったのか?

 不安だ。もしも魔物に襲われてでもいたら……。


「……もしかしたら村へ帰ったのかも」


 恐らくそうだ。

 村へ戻ってマオ兄さんを連れ戻さなきゃ。


 そうと決めたティアは立ち上がる。と、そのとき部屋の扉が開く。


「ようやく出発をする気になりましたか?」


 入って来たのはレイアスだ。


 ティアは彼を一瞥すると、首を横へ振った。


「マオ兄さんを迎えに行く」


 そう言ったティアを見下ろし、レイアスは肩をすくめる。


「その必要はありません」

「もしかして帰ってきたの!? よかったっ! どこっ! どこにいるのっ! マオ兄さんはどこっ! 早くマオ兄さんに会わせてっ!」


 レイアスの胸倉を掴みティアは叫ぶ。


「お、落ち着いてください。彼は帰ってきていませんよ」

「帰って来てない? じゃあなんで必要ないなんて言ったんだよっ!」

「うあっ!?」


 胸倉を掴んだまま持ち上げ、ティアはレイアスを部屋の隅へ投げ飛ばす。


「ああ、マオ兄さん……。こんな奴の言うことを信用しなければすぐに追って連れ戻すことができたかもしれないのに……」


 マオルドは遠くの町へ買い出しに行ってしばらく戻らないとレイアスに聞かされてそれを信用した。それが今日になって実は出て行ったと知らされたのだ。


 どこへ行ったかはわからない。だからどこへ捜しに行こうか迷っていた。


「きっと村に戻ったんだ。マオ兄さん、すぐに迎えに行くからね」

「ま、待ってください」


 部屋を出て行こうとするティアをレイアスは止める。


「なに? 急ぐんだけど」

「ですから……必要無いと言ったはずです。我々には各地で魔物の被害に苦しむ人々を助け、いずれは魔王を討伐するという目的があります。その目的に彼は必要無ありません。そうでしょう? あなただってわかって……」

「黙れレイアスっ!」


 言葉を切ってティアが怒声を上げる。


「お前がもっと早くマオ兄さんが出て行ったことを言えばすぐに追えたのにっ!」

「そうするかもしれないと思ったから、今日まで黙っていたんですよ。だいたい、なんであんな弱い男に拘るんですか?」


 弱い? いや、マオ兄さんは強いはず。小さいころに私を魔物から守ってくれたことだってあるんだ。

 今はなにか調子が悪いだけ。本来のマオ兄さんは強いんだ。


 だが強いか弱いかなどは二の次。たいした問題ではない。


「私にはマオ兄さんが必要なんだよっ! 魔物の被害に苦しむ人々? 魔王の討伐? そんなのどうだっていいっ!」

「ど、どうだっていいって……そのような言葉はあなたらしくない。普段のあなたは淑やかで正義感に溢れる女性だ。今のあなたはおかしい。どうしたというのです?」

「それはマオ兄さんがそうしたほうが勇者っぽいって言うからしてたのっ! 勇者になったのだってマオ兄さんに勧められたからで、本当は他人なんか超どうだっていいんだよ私はっ! マオ兄さんさえ側にいてくれればそれでいいのっ!」

「ええ……」


 まさかこんな人だったとは。


 そうとでも言いたげなレイアスの顔を睨みつけ、それからティアは部屋の外に出る。宿の厩舎に向かい、馬に乗ろうとしているとそこへ剣士のミリアがやってきた。


「あれティア? 出発するの?」

「マオ兄さんを迎えに行く」

「迎えに? なんで? あんな役立たずの短足おどごぉっ!?」


 ティアの足がミリアの顔面を蹴り飛ばす。


「マオ兄さんを悪く言ったらぶん殴るっ!」

「蹴られたけど……」


 そう言ってミリアは仰向けに倒れたままガクリと白目を剥く。


 馬に乗って手綱を握ったティアは馬を歩かせる。

 そこへ今度は僧侶のサクラがリンゴをかじりながら姿を現す。


「あれー? ティアっち出発するの? レイちゃんとミリアは?」

「レイアスなら宿だ。ミリアならお前が踏んでる」

「踏んでる? おお、こんなところで寝るなんて、剣士って野蛮だなぁ」


 へらへら笑うサクラは放っておき、馬を進ませる。


「ひとりでどこ行くの?」

「マオ兄さんを迎えに行くの」

「マオルドを? なんであんな天パのデコッパチをわざわずがっ!?」


 剣の柄でサクラの頭をぶっ叩く。

 殴られたサクラはヨロリとうしろへ歩き、仰向けに倒れた。


「そこがキュートだろっ! 悪く言うと地獄に送るぞクソアマっ!」

「そ、僧侶にそれはひどい言いようじゃん……」


 そのまま気を失ったらしいサクラを跨いで馬は進む。


「……む? あれは……なに?」


 空をなにかが羽ばたいて飛んでいる。


 竜だ。竜の魔物が上空を飛んでどこかに向かっていた。


「ワイバーン……誰か乗せているな」


 魔物であるワイバーンに乗っている人間などいない。

 人型の魔物? そんなものがいるのか? ……いや、噂で聞いたことがある。人型の強力な魔物が存在すると。あれがそうなのか?


「どこに向かっている……あの方角はまさか」


 断定はできないが、故郷の村へ向かっているような気がする。

 違うかもしれない。しかしもしも懸念が当たったら……。


「マオ兄さんがあぶないっ!」


 ティアは馬を走らせ、急いで故郷の村へと向かった。

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