Shining Moon Model

 幾年前か、都心のビルで宝石の特別展が開催された。目玉は《光る月の模型》という名の宝石である。名前の通り月のように白く、そして石自体が自然発光しているため、このような名前になったのだ。とアナウンサーは報告していた。数日か数時間後にテレビではこの石のドキュメンタリーを放送していて、内容としては。

「航海時代にある人物がこの石を見つけ、触れると光は一方を示した。

 彼は示された方向に宝があると思い、旅を始めた。

 彼自身はその終着点に届かなかったが、その石を拾った別の人間も同じように光の先を目指した。

 ある者は、巨万の富があると言い。ある者は、運命の相手がいるとも言う。

 案外、何も無かったりするかもしれませんね。

 そして最後に、その石を持った者は、皆が悲劇で人生を終えている。」

 なんて、よくある内容だった。

 もちろん。と言っていいのか、その石は数日後に盗み出され、世界的にもニュースになった。「大怪盗現る。」だとか「自然消滅したんじゃないか?」なんて、根も葉もない憶測が飛び回っていた。憶測も警察も、飛び回るだけで、石ころ一つ掴めなかったけれど。

 と言っても、在ったものは在ったのだ。誰かが持っていることに違いはない。

 数年経過し、誰もがその事件を忘れた後の話。とある少年が川辺で光る石を見つけた。まん丸くて白いそのしいは珍しいもので、何か特別に感じたから、自分のきんちゃく袋の中にしまったまま、自分の部屋の『秘密箱』の中にしっかりとしまっておいた。

 そしてその数日後、彼の幼馴染の一人が死んでしまった。拾った石を無くしていても気づかなかっただろう。


 数年後、彼は不思議な世界でその幼馴染と再会できてしまった。彼女には『来るな。』と言われたものの、会えるのであれば行かないという選択肢はない。

 と思っても、そこへの行き方も、それどころか、その場所がどこなのかすらも見当がつかない。強いて言えるとすれば「冥界」くらいだろうか。というわけで、オカルト好きで幼馴染な彰に聞いてみる。

「なぁ彰、冥界の行き方知らないか?」

「・・・イザナギ様にでも聞いてみれば?」

 と、あきれた様子で返してくる。

「会えるわけないじゃん、なんかそういう話無いのか?」

「冥界とか行けるわけないじゃん、てかあるわけないじゃん。頭大丈夫か?この前の一件でついに狂ったか?」

「大丈夫だ、狂ってなんかいない。いたって正常だ。」

「亡くなった彼女と会って、直後に冥界に行きたいとか、どんだけ好きなんだよ。」

「冥界に行くくらい好きなんだよ。」

「神話レベルじゃん。はいはい、そんな神話レベルの彼女バカにもってこいの話があるよ。」

「面白そうな話か⁉私も混ぜろ~!」

「情報量としてアリアの弁当一回分な。」

「先に五百円渡しとくよ。」

「勝手に私の弁当で取引しないでくれ!」

 ご不満そうなアリアだが、弁当が好評でうれしそうでもある。

「んで、その話ってのは?」

 彰はさっそく、もう二十年以上前になる宝石の盗難事件の話をする。痕跡も可能性も残さず一晩でたった一つだけの宝石を盗み出した怪盗がいたこと。盗まれた宝石は《光る月の模型》という呼び名で、白くて丸い光る石だという事。そして、その石は未だに見つかっていないという事。最後に、航海時代に何人もの船長がその石の光の先をたどったけれども、行く先に待っていたのは悲劇の死であり、人によっては冥界への石とも言われていること。

「さて、この話を聞いてお前はどう思った?冥界を目指す勇者のさとる君。」

「気持ち悪い聞き方をするな。あったらいいけど、見つからないんじゃどうしようもないだろ?」

「「でも昔、さとる君がそんな感じの石を川辺で見つけてたじゃん。」」

 え?

「あぁ、そりゃ忘れるよな。だって石拾った直後だったもんな、いなくなったの。」

「そういえばそうだったね。それじゃぁ忘れてても仕方ないか。」

「ど、どういうことだ⁉俺が持ってるってのか⁉」

「そう言ってるんだよ。お前が可能性のある話をしろっていうからしてやったのに、なんだその態度は。」

「あ、いや、えっと、ありがとう。探してみることにする。」

 そう言ってさとるは自分の家に帰って行ってしまった。

「止めなくていいの?熱心にさとるに弁当作ってやってたろ?」

「あれはただの練習だからいいの。君からお金を取る気はないし。はいこれ、いらないなら別にいいんだけど・・・。」

「いいや貰うよ。まったく、後で謝っておけよ?」

「そもそもさとる君は私のこと一度も女としてみてないよ。せいぜい気の合う女友達さ。それに私の目標は彼じゃないし。君だし。」



 後ろで甘々なラブコメディが始まった気配がするがそんなのはどうだっていい。いつか俺もたどり着けばいいだけだ。

 忘れていた。という事は、今の仮屋には無いと考えていい。実家の自分の部屋のどこかにあるはずだ。それもきっと、彼女との思い出として区切られた部分にあるはずだ。わかりやすいやつと言われるだろうが、昔からそうなのだ。

 一度仮屋で荷物を整理してから、実家に帰ると伝えつつ帰る。すると、弟が死んだ。という連絡が返ってきた。どちらにせよ帰らなければならなかったなら、一日早く帰れたのは良い事だろう。いや、発生していること自体は良い事ではないのだが・・・。日曜日の夕方だというのに、新幹線や電車は本当に混んでいた。

 実家に帰る前に、近場の川辺に寄ることにした。もしかしたら、妹のようにかわいがってきた弟の幼馴染は悲しんでいるかもしれない。悲しんでいてくれたらうれしいな。なんて、若干おかしくなりつつも様子を見に行った。

しばらく川を眺めていたら、彼女がやってきた。

「こんにちは、君もここに来ていたのか。」

「えぇ、お久しぶりです。お兄さんはどうして?」

「あいつが死んだからな。さすがに一度は帰ってくるさ。」

 今日帰ってこれたのは別の目的があるものの、この子の前でそれを話す必要はない。

「これで二人目、かぁ・・・。」

 思わず漏れてしまう。ええい、このまま思ったこと話していこう。

「君はどう思った?あいつが死んで。」

 感情がかかるなら、それだけで兄としてうれしい。

「どうって、悲しい以外に何が・・・。」

 泣きそうなのを抑えている。大きくなったな。

「まぁ、君にとってはただの友人ではなかったからな、【会いたい】と思わなかったか?」

「思わないわけないじゃないですか。」

 予想よりも食い気味で来るものだから、驚きと喜びが混ざってしまった。

「たとえ話をしよう。

 君は三途の川の片岸にいる。対岸にはあいつがいる。

 そこには船があって、オールもついてる。望めば漕いでくれる人も出てくるかもしれない。

 そうなったら、君はどうする?」

 訳が分からない。という顔と、どうするべきなのかわからない。という顔が混ざっていた。

「まぁ、迷うよな。俺も迷った。」

「迷うも何も、現実味がなさ過ぎて・・・。」

「『現実は小説よりも奇なり。』という言葉があってな、思ってるほどにこの世界は合理的にできていないんだ。」

 しばらく悩んだ様子だったが、すぐに声を出した。

「兄さんの言ってることはあまりわかりませんけど。少しだけ元気はもらえました。ついでに現金もらえますか?」

「嫌です。」

 元気になってくれてよかった。そう思いながら、結局彼女の好きだったオレンジジュースを自販機で買ってあげてから帰ることにした。

 

 帰宅すると、葬儀はほぼほぼ終わっていて、今日死んだ。というわけではなさそうだ。

「お帰り。よく帰ってきてくれたね。勉強も大変だろうけど、本当に来れて良かったよ。」

「そうは思わなくていいから、今度からはこういう話は最優先で教えて。勉強とかももちろん大切だけど、それ以上に家族が大事なんだから。」

 こういう事に関して、親に容赦なく言えるのは家の良いところだ。互いにダメなところはダメだと修正しあえる。

「・・・わかったわ、今度からはそうするわね。最近学業はどう?」

「実を言うと、かなり余裕がある。授業外でも授業に関することをしてたりするくらいにはね。」

「そう、それはよかった。」

「おぉ!帰っていたか!お帰り!久しぶりだな!大きくなったなぁ!」

「大して変わってないよ。父さんも、今度からはすぐに連絡すること!いいね!」

「あ、はい、すみません。」

 落ち着きのある母とは反対に、父親はかなりテンションの高い人で、感情の緩急がすさまじい。かと言って精神異常なわけではない。何なら俺より真っ当かもしれない。

「最近学業は?」

「バイトしてひとり旅できるくらい暇。」

「そうか、なら安心だな。」

「今のセリフのどこで安心できるんですか貴方は?」

「それぐらいの時間ができるほど学業に余裕があるという事だろう?」

「そうなんでしょうけど、信用しすぎにもほどがありません?詐欺に騙されますよ?」

 相変わらずの両親を放っておいて、仏壇がある部屋に入る。

 蠟燭に火をつけて、その火を線香につけて、灰のさらに刺す。脇の金皿を叩いて、黙禱する。

 弟とはほとんど双子とか、それこそ特別仲のいい友人くらいに仲が良かった。だから、少し悲しかった。死んでもなお会えるとわかった今では、ほんの少しだけ悲しかった。

 夕飯を食べてから部屋に戻り、


 部屋から《石》の入った箱を持って行く。家から出ると、平日の昼間だというのに昨日の女の子が家の前にいた。「あちら側に行ける準備ができたら呼んでください。私も行きたいんです。」生徒会長である彼女が学校をさぼってまで来ているのだ。むげにはできなかった。「わかった。」とだけ返事をし、彼女を学校の前まで送ってから自分の家に帰宅する。

 家に着いてから、箱を開けてみると、石は変わらず光っている。手で持ってみると、光がある一方を示すように光った。一度、光は上を示した。俺は月を連想した。月に何かがあるのか?でも向かえない。そう思った直後、光の方向は変わった。ぐるぐると、狂った羅針盤のような動きをしていたが、しばらくすると西を示した。「月 西日本」で調べても、鉄道や天気情報、宝くじなんかの情報しか出てこない。仕方ないので彰に聞いてみると。「西日本で月が撮れる場所?どこでも取れるだろ?」なんて返してきやがった。仕方ないので旅行サークルのサークル長に聞いてみると、「あぁ、月が映るかは知らないが、ウユニ塩湖みたいに空が反射する場所はあるらしいぞ。場所は・・・。すまん、忘れちまった。」個人的に一番欲しい情報をもらえた気がする。「ありがとうございます。行ってみようと思います。」とだけ返して、旅行の支度を始める。支度につかれたり手間取ったりしたら休憩がてらその場所を調べる。近くにホテルもあるが、夜に行動して閉められても困るので、キャンプ場でキャンプをすることにした。キャンプ道具も準備して、準備は終わった。

 三日後、持ち物をもって家を出る。電車を乗り継いで空港に行き、飛行機に乗って西へ。ついた空港から新幹線で移動して、そこからさらに電車で目的地の最寄り駅に行く。瀬戸内海きれいだったな。

 最寄駅から目的地まではバスで行く。ただのきれいな浜辺なので、平日でもそこそこ人がいる。とはいえもう日は傾いてきている。だんだんと人が減る時間で、俺も一足早く食事をとった。

茜色だった宙は西に沈んでいき、東側というよりも頭上から夜闇の暗幕が下りてくる。今晩は快晴だから、夜になってもそこそこ明るいだろう。

テントに戻って、灯りの準備をする。夜の山を歩くのだからもちろん長袖長ズボンだ。支度を終えて外を出るとすでに暗い。月が見える。今宵は満月。

黙々と一人で山を登る。山の中腹から海の見える場所にやってきた。海には月が反射してきれいで、少し見入ってしまった。あの石が光を放った。

ポケットに入れていた石が光ったと思ったら。山の中腹から海に映る月へ向けて長いスロープが出来ていた。これが何であれ行くしかない。そう決意してから、私は月へと進んでいく。




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