第3話 ケイくんの幸せ

 ある日、ナナちゃんが珍しく「親に会いに行ってくる」と先に帰ったため、久しぶりに一人で帰ろうとしていると、これまた久しぶりに委員長が話しかけてきた。彼女にはナナちゃんと付き合う前の誰とも会話をしてこなかった頃に、二人組を作る時やクラスに馴染めず情報を得られないときに伝えてくれた。そのお陰で僕も学校の情報を得られたし、体育も先生とやることにならなかった。本当に感謝しているけど、それがきっかけで虐めを受けていた。それをナナちゃんに救ってもらったことが僕が彼女に告白した一番の理由だ。まぁそんな経緯がある僕らだけど、委員長はどうやら僕に好意を持っている……気がする。と言うのも最近、ナナちゃんと一緒にお弁当を食べているときや放課後、二人で帰ろうと腕を組むと毎回のように彼女の視線を感じるようになった。そんな彼女だったから、これまではナナちゃんに用事があったりして僕と一緒に居なくても見ているだけだった彼女が「一緒に帰ろ?」と言った時は驚いた。と言うのも委員長の立場に立っているだけあって誰かのモノに密かにちょっかいを出すような行動したのを見たのが初めてだったから。でもそんな彼女とはナナちゃんと付き合う前はよく一緒に帰っていたし、これは使える……そう思った僕は久しぶりに彼女と一緒に帰ることにした。



 僕たちは横並びになっていつもナナちゃんと歩く道を違う人と歩く。隣に居るのがナナちゃんではない、それだけでこんなにもつまらない道だと感じる。無言で帰るのが嫌なのか、それともただ話したいだけなのか委員長が何度も会話を振ってくれているけれど、どれも僕の鼓膜を揺らすだけでまともに頭に入ってこないから空返事気味になってしまい段々と空白の時間が増えてきたところでようやくマンションが見えてきた。


 委員長と一緒に帰っていた頃はここより更に歩いた先にある一軒家の実家に住んでいたのだが、今はこのマンションにナナちゃんと共に住んでいる。と言うのもナナちゃんと付き合い始めて四日目位に両親に紹介した時にナナちゃんが親に言った「一緒に暮らしたい」と言うことに母親が条件付きで認めたことで僕たちは二人で過ごすようになった。その条件は学生の間は避妊をすること。1ヶ月の終わりにはその月にあったことを報告すること。何か有ったときのために実家から歩いて行ける距離であること。の三つで、僕たちはたまに一つ目の約束を破ってしまうが基本的にはしっかりと守りながら二人で暮らしていた。


 その経緯を知らない、以前僕の自宅へ来たことがある委員長は全く違う場所で足を止めた僕を不思議がっていた。今はここに住んでいると告げ、昔のお礼をしたいと提案すると、委員長はナナちゃんが居るのでは?と遠慮して断ったけど大丈夫だからと手を引いてエントランスへ入るともう抵抗することはなかった。しかし、玄関に着きナナちゃんの名字を見つけた委員長は再び遠慮して帰ろうとした。時間を確かめるともうすぐナナちゃんが帰ってくる時間だった。もしまだ先なら諦めて解放していたけれど、もうすぐ帰ってくるならこのチャンスを逃すわけにいかない。僕は委員長の手を強く引き胸に抱き寄せた。突然の出来事に一瞬硬直したが状況を理解した委員長は慌てて離れようとしたけれど、更に強く抱き締めそっと囁けば再び動きを止めた。階段を上がる音が近付いているのに気付かない委員長は思わずというように腕を僕の背に回し抱き返す。そして、ほぼ同時に僕の背後から待ちわびた彼女の声が聞こえた。


「ただいま~ケイちゃん、お母さんからお菓子もらっ……ちゃ……た……?……」

 ドサリと荷物が落ちる音に首だけ振り向けば無表情で立ちすくむナナちゃんの姿があった。気まずい表情をしてみるとさっと一瞬青ざめた後、その顔が怒りに染まった。

「ケ、ケイちゃん?だれ?その女……どうしてケイちゃんとくっついて居るの?……泥棒?泥棒猫なの?私のケイちゃんを取ろうって言うことかしら?そうよね、じゃなかったらそんな風にケイちゃんとくっつかないものね!」

 そう言って、ナナちゃんは僕と委員長を引き離し、僕を守るようにその間に立った。

「……あら!貴女は……あぁ思い出したわ、前からケイちゃんにペタペタペタペタ触っていた女ね……やっぱりケイちゃんが好きなんだ……そうよね、ケイちゃんは素敵な男性だものね、でもあの時ケイちゃんを守れなかったあんたなんかに私のケイちゃんはあげない!さっさとその汚い手を離して!ケイちゃんの身体は、言葉は、温もりは、ケイちゃんが吐いたその吐息までも私のものなの!私だけのものなんだ!あんたなんかにやるものか!」

 僕の右斜め前に立つナナちゃんを見つめていると、敵を観察するように眺めて思い付いたように強く睨み付け強い口調で責め立てる。その剣幕に委員長は慌てて弁明しようとする余りこの状態のナナちゃんに対して最も悪手である言葉を使ってしまった。即ち『ケイ』という僕の名前だ。もし、普段であればまだ名前で呼んでも軽い嫉妬を浴びるだけですむだろう。まぁ普段は、みんな僕を名字で呼んでいるから問題がない。ただ今回みたいに強烈な嫉妬を感じている間に僕の名前を呼んだからには──

「やっぱり気付いていなかったのね……それにケイくん?……なんであんたなんかがケイちゃんの事を名前でしかも名字ではなく名前で呼ぶなんて!ましてやケイちゃんの彼女である私の前で……やっぱりそうなのね、やっぱりあんたはケイちゃんを想っているのね……私からケイちゃんを取ろうっていうのね……どうせ今抱き締めあっていたのもあんたが無理やり抱き締めていたんでしょ!許さない、私のケイちゃんを好きにしようなんて!!」

 案の定そう言ってナナちゃんは委員長の胸ぐらを軽々と掴み上げ、玄関を開けると中へと投げ入れた。


 上がり框に腹部を強打し、呻く委員長を無視して僕に駆け寄り不安げに委員長が触れていたところを確認してから涙目になって僕を見上げる。

「ねぇ、私何かダメだった?なんで他の女と一緒に……ダメなところがあったなら直すから……私を……捨てないで」

 その表情を見て満足した僕はネタ明かしすることにした

「ナナちゃんはなにも問題無いよ……ごめんね、実はただナナちゃんの嫉妬を煽って愛を感じたかっただけなんだ。」

 そう言った瞬間ナナちゃんの表情が安らぎ、安心したように見えたのも束の間、再び怒りを滲ませた。

「なんでそんな酷いことするの?ケイちゃん、後でお仕置きだからね!……今はケイちゃんに触れたあいつを罰しないと……ケイちゃんはお風呂に入ってあいつが触った場所をちゃんと洗ってきなさい!!」

 そう言ってナナちゃんと僕は玄関へ入った。そして、「邪魔」と良いながら委員長を蹴り進めるナナちゃんを横目に僕は洗面所へ行きお風呂に入る準備をするのだった。


 さっとお風呂に入り、身体を拭くのもそこそこにリビングへ戻ろうとドアを開けるとシャッター音が聞こえ、その方向に顔を向けるとそこに委員長が部屋の隅で下着姿となって踞っているのを見つけた。そして、ナナちゃんが恐らくその姿を撮ったのであろうスマホの画面を委員長に向けながら耳元で何かを囁いた。そして「それじゃあ一つ目の命令よ」絶望したような表情で座る委員長にそう言ったナナちゃんは彼女を近くの椅子に座らせて、手に持ったよく僕を縛るのに使う荒縄を使い動けないように椅子に縛り付けた。「ふっ、惨めな姿ね。さて、貴女の罪を教えてあげるわ」そう言ってナナちゃんは僕の過去を委員長に教えた。救われていた分虐められていた。その過去を知らない委員長はナナちゃんの言葉に少しずつ青ざめ、過去の話が終わる頃には顔を蒼白として「ごめんないごめんなさい」と涙声で何度も呟いていた。その様子を見たナナちゃんが僕を手招きして「目隠しと口塞ぐ布を持ってきて」と命令した。


 命令された目隠しと布を持ってくるとナナちゃんは愛用する幾つにも先が分かれたバラ鞭を用意して待っていた。その様子に初めてこの部屋に来たときのことを思い出す。僕も初めてこの部屋に来たときは委員長と同じように椅子に縛られ何度も何度もあの鞭で叩かれたのだ。その日以降も僕が女子と学校で会話をした日は同じように叩かれるけど、逆にナナちゃんが何か不始末を起こしたときは「これで罰して」と僕が彼女を叩いたりする。そんな僕らにとっては日常的に使っているものだったけど、恐らく委員長にとっては非日常的なものだろうからうめき声どころか叫び声をあげるかもしれない。だからナナちゃんは口を塞ぐ布も持ってこいと言ったのか、ようやく理解した僕は委員長の口を布で声が籠るように塞いだ。そして鞭を持ち、委員長の正面に立ったナナちゃんは大きく腕を振り上げた。


 鋭く空気を裂く音と布によって籠ったうめき声が部屋に何度も響く。椅子に縛られながらも必死に逃げようとするその姿が初めての僕に重なり鞭を振るうナナちゃんと縛られ叩かれるだけの委員長に少しずつ興奮が高まる。それを感じ取ったナナちゃんが嬉しそうに笑って更に多く強く鞭をその晒された腹部に叩き付ける。そうしていく内に、委員長は抵抗を諦めてうめき声と痛みに肩を跳ねさせるだけになった。その様子を見てもう良いかな、そう思った僕はナナちゃんに目配せすると鞭を下ろして頷いた。

 頷いたのを確認して後ろから目隠しを取ると、委員長は不思議そうな声を上げつつ辺りを見回し始めた。僕が初めてこれを受けたときはショックで暫く項垂れるだけだったのに彼女は以外と余裕そう……ナナちゃんもそう思ったのか下ろしていた右手を再び大きく振り上げ、一度だけさっきまでと同じ場所へ鞭を振り下ろした。委員長の引き攣ったような声をあげて縮こまろうとするその姿に満足したのかナナちゃんは鞭を投げ捨て委員長へと下着を脱ぎながら近付く。そしてその一糸纏わぬ姿を見せつけながら委員長の耳元に顔を寄せると彼女の嫉妬を煽るように僕にも聞こえるようにいつもよりも熱が籠った声で囁いた

「ふふっ、私はこれからケイちゃんに愛してもらうわ。あんたはここで動くこともできないでケイちゃんがどれだけ私を愛しているのかその一部始終をみせてあげる。決して目を背けるんじゃないわよ?目を背けたらまたさっきみたいにいっぱい痛め付けてあげるわ。……そうね、私は優しいからもし目を背けずに全て見続ければご褒美をあげようかしら。これでもあんたには感謝しているのよ?私がケイちゃんを救ってあげる前まであんたがケイちゃんの味方をしてくれていたのを知っているから……さて、じゃあゲームスタート」

 そう言って僕を手招きし、僕らは共にベッドへと抱き合いながら転がった。


 僕の上でナナちゃんが腰を揺らす。腰がぶつかり合う度に言い様のない快楽が僕を襲う。すこしでも長くその快楽を感じたくて愛を囁かれても、キスを交わしてもすぐに終わらせたくなくて、この想いが溢れそうになっても我慢をしていた。その我慢を知ってか知らないでかナナちゃんは委員長が居るからかいつもより激しく身体を叩きつけ、いつもは艶やかな声も委員長に聞かせるかのように大きく声を上げた。そのいつもより激しく弾む身体や何時もより感情的に声を上げるナナちゃんの姿につい我慢できず、ナナちゃんをベッドに横倒し、僕の想いを伝えるように強く抱きながら親との約束も忘れナナちゃんの中へ「好きだよ」の言葉と共に想いを流し込んだ。


 想いを全て出しきり、少し疲れた僕はナナちゃんに寄り掛かるように彼女の上へ身を任せた。そしてもう一度強く抱き締めて何時ものように横へずれようとした僕をナナちゃんは強く抱き締めて引き留めた。そして幸せそうな表情で何時なら言うはずがないことを言い出した。

「ねぇ、私あの女をペットとして飼おうかなと思うんだけどどう思う?」

 あのナナちゃんが、男ですら僕に近付けたく無いと言っていたあのナナちゃんが同世代の人をそれも女子をペットとは言え僕のそばに置こうとするなんてどうしたんだろう。そう思って疑問を投げ掛けてみると嫉妬が混ざった拗ねた表情で

「またケイちゃんに今回みたいな意地悪されたくないし、一人にさせると不安だから……ダメ?多分あの女も喜ぶと思うんだ。だってほら、あの女、私たちを見て興奮してるわよ?」

 横目で委員長を見てみると確かに頬を赤らめて息が荒くなっているのがわかった。でも、二人っきりの時間が減るのは良いの?と聞くと

「本当は嫌だけど……仕方ないわ、必要なときと御褒美上げるときだけ呼ぶことにするから我慢する……だから私があの女に御褒美あげたあとは思いっきり愛してちょうだい?近くにあの女を置いても私しか見れないように私も頑張るから」

 そう言って僕に口付けをした。離れたときの瞳が冗談を言っている様子が無いのを確認して僕は頷いた。

「うん、わかったナナちゃんの好きなようにすると良いよ。二人っきりになれるのが減るのは寂しいけど、その分二人っきりになれたときに思いっきり愛してあげる。僕はどんなことがあってもナナちゃんしか愛していないから……安心して良いよ……今日は不安を煽るようなことしてごめんなさい……許してくれる?」

 もちろん、そう言ってナナちゃんはもう一度僕に口付けて腕を解いた。負担を減らそうと横へずれるとナナちゃんはそっと立ち上がり「それじゃああの女に御褒美あげてくるわ」と言って委員長の方へ向かった。



 あの日委員長がペットになると宣言したことで、僕たちの生活に一人のペットが混ざる事になった。とは言え、僕と委員長が二人で過ごす時間は殆どなく、大抵がナナちゃんを挟んだ三人での会話で、ナナちゃんが私用で居なくって共に行動していてもお互いに無言で僕の一歩後ろを着いてくる程度で関わることは殆ど無い。それでも、ナナちゃんは意外と彼女を気に入ったようで、勿論僕が最優先なのは変わらないけど、ペット扱いとは言え、一緒に散歩へ出掛けたりおやつを一緒に食べたりとそこそこ可愛がっていた。

 でも、今日は久しぶりに僕とナナちゃんの二人きりで放課後の教室に残ってお話をしていた。委員長にお願いして教室や廊下の人払いをしているから僕たちの声がよく響き、教室の外からは運動部が外で声を出している音や吹奏楽部や軽音楽部が楽器を奏でる音がよく聞こえている。

「ねぇケイちゃん、久しぶりに二人きりでだね」

 抱きつきながら艶やかにナナちゃんが囁いた。そうだね、と返すとあの日のように熱の籠った声で僕に言うのだ

「誰もいない教室で、しない?誰かが来るかもって思うとドキドキするわ」

 あの日以降、ナナちゃんは誰かに僕たちの行為を見せつけて僕の所有権を誇示したがるようになった。でも僕はそれを止めるつもりはない。だって気持ちは僕もナナちゃんと同じだから……僕らは誰もいない日が傾き始めオレンジに染まり始めた教室でキスを交わし、愛し合うのだった。

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