二人の周り、二人の日常

第2話 ケイくんとナナさん Another Side

 夕暮れの光がカーテンの隙間から漏れ、茜色に染まった部屋に二つのシルエットが重なり合って倒れていった、その男女が重なりあう姿を見た私は何も考えたくなくてゆっくりと目を閉じて眠りについた。



 突然だけど、私はケイくんが好き。容姿や性格、勉学が秀でているわけでもない彼を好きになったのは去年の秋、ケイくんがあの娘と楽しそうにお話ししている姿を見かけるようになってからだった。始めはクラス委員として今まで一人で過ごしてきた彼に友達が出来た、とホッとした気持ちで見ていたのだけれど、毎日のようにあの娘と話している姿を見て胸が痛く感じるようになってきた。そして気付いたんだ、始めはクラス委員として孤立していた彼をサポートしていたつもりがいつの間にか好きになっていたんだって。でも、気付いたときにはもう遅かった、彼はあの娘と付き合い始めていたんだ……クラスの皆が居るのにも関わらず教室の真ん中でキスをしたり、お弁当を食べさせあったり、イチャイチャする姿を眺めているしか私にはできなかった。そう、私がしているのはただの横恋慕だったんだ。だけど叶わぬ恋と分かっていても好きになる心を止める術は初めて恋を知った私には無かった。

 だから罰が当たったのだろう、ある日の放課後に珍しくあの女の子が先に帰ったことで一人で帰ろうとしていたケイくんに魔が差して、思わず「一緒に帰ろ?」って言ってしまった。

 それが全ての始まりだった。二人で下校しているとケイくんがとあるマンションの前で足を止めた。以前もケイくんの自宅まで一緒に帰ったことがある私は、ケイくんの自宅とは程遠い場所で立ち止まったのでどうしたんだろうと思っていると、「今はここにナナちゃんと住んでいるんだ、いつも勉強教えてくれていたお礼にジュースでも飲んでいってよ」と誘ってくれた。でもあの娘も居るのではないか?そう思った私は彼女に悪いし、と断った。しかし、ケイくんは引き下がらず、「いいからいいから」と、私の手を引いて半ば強引にケイくんが住んでいるのであろう部屋の前まで連れてきた。表札を見ると書いてあるのはあの娘の名字、やっぱりダメ……そう思いケイくんに話しかけようとしたその時、繋いでいた右手を強く引かれた──


 気付けば私はケイくんの腕に抱かれていた。その状況にケイくんには彼女が──とかこんな人目があるところで──とか、そんなことばかり思って彼の腕の中から逃げようとしたけれど、更に強く抱き締められあの低い声で「解かないで?お礼をしたいのに逃げようとする委員長が悪いんだよ?」と言われた私はもう何も考えられなくなり、遂にケイくんの胸に顔を埋め、身体に腕を回した──回してしまった。ケイくんの背後にあの娘が来ている事にも気付かずにケイくんの彼女の目の前で抱き合ってしまったのだ。


「ただいま~ケイちゃん、お母さんからお菓子もらっ……ちゃ……た……?……」

 ドサリ……

 陽気な声と共に何かがケイくんの後ろで落ちる音がした気がした、慌てて顔を上げケイくんの肩越しに覗いてみると、お菓子やジュースが一杯に入ったレジ袋を両脇に落とした制服姿の彼女が居た。

「ケ、ケイちゃん?だれ?その女……どうしてケイちゃんとくっついて居るの?……泥棒?泥棒猫なの?私のケイちゃんを取ろうって言うことかしら?そうよね、じゃなかったらそんな風にケイちゃんとくっつかないものね!」

 私は慌ててケイくんから離れようとしたけど、それよりも早く彼女は私たちの間に割り込み私を突き飛ばしてケイくんを庇うように私たちの間に立った。そして私の全てを見透かすように眺めて

「……あら!貴女は……あぁ思い出したわ、前からケイちゃんにペタペタペタペタ触っていた女ね……やっぱりケイちゃんが好きなんだ……そうよね、ケイちゃんは素敵な男性だものね、でもあの時ケイちゃんを守れなかったあんたなんかに私のケイちゃんはあげない!さっさとその汚い手を離して!ケイちゃんの身体は、言葉は、温もりは、ケイちゃんが吐いたその吐息までも私のものなの!私だけのものなんだ!あんたなんかにやるものか!」

 そう小さく叫ぶ彼女の瞳が濁っていくのに気付き、慌てて彼女を落ち着かせようと無理に微笑んで経緯を説明しようとした

「きゃっ!……ち、違っ、違うわ!私はケイくんのただの友達よ!だから安心して!貴女から取ったりしないわ!それにあの時って──ッ!!」

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。彼女は鬼の形相で私の胸ぐらを掴み上げて氷のように冷たい声で私に詰め寄った

「やっぱり気付いて居なかったのね……それにケイくん?……なんであんたなんかがケイちゃんの事を名前でしかも名字ではなく名前で呼ぶなんて!ましてやケイちゃんの彼女である私の前で……やっぱりそうなのね、やっぱりあんたはケイちゃんを想っているのね……私からケイちゃんを取ろうっていうのね……どうせ今抱き締めあっていたのもあんたが無理やり抱き締めていたんでしょ!許さない、私のケイちゃんを好きにしようなんて!!」

 そう言って彼女は私の胸ぐらを掴んだまま玄関の鍵を開けて私を中へと投げ込んだ。まともに受け身も取れなかった私は上がり框にお腹を強打させ、痛みに動けなくなりお腹を抱えるように丸まる。しばらくして、彼女はその辺にある石ころのように私を「じゃま」と蹴りながらリビングへと進む。そうしてリビングに着くと私が逃げないように寝室に置いてあった荒縄で縛り、持っていた荷物を冷蔵庫や保存庫へ仕舞う。その間、ケイくんの姿は見つけることができず、ただ、腹部の痛みと縄の締め付けに涙を流しながら耐えるだけだった。


 しばらくして荷物を仕舞い終わった彼女は荒縄を解き、困惑する私を無理やり起き上がらせ制服を乱暴に剥ぎ取り、あっという間に私は下着姿になっていた。運の悪いことにそのタイミングでケイくんがリビングへとやって来たのが足音で分かった。慌ててリビングの端へ逃げて下着を隠そうと腕を前にやろうしたその時、シャッター音が数回鳴った。その瞬間、私はケイくんに下着をみられる事も忘れてシャッター音がした彼女の方を向き、スマートフォンのカメラレンズがこちらを向いているのをただ呆然と見ることしかできなくなってしまっていた。彼女が下着を隠すことなくただ固まっていた私を更に数枚写真に収めた所でようやく私は状況を理解し、急いで腕と足を畳んで下着を隠した。そして震える声で「お、お願い。その写真、消してください……」と言うと彼女は

「この画像、ばらまかれたくなければ私の言うことを聞きなさい?」

 と有無を言わせぬ冷たい声で私に脅迫をした。


 あの娘──ナナさんは恐怖で動けなくなった下着姿の私を椅子に座らせた。そして腕を後ろ手に組ませると、さっきの荒縄を身体に絡ませ、気付けば動けない程に椅子に縛られていた。

「ふっ、惨めな姿ね。さて、貴女の罪を教えてあげるわ」

 そうして教えられたのは私のせいでケイくんが虐められていたということだった。ようやくナナさんがここまで私を脅し暴力的なのかわかった私は遅すぎる謝罪を何度も呟く。そんな私を嘲笑い罰するかのようにナナさんは目をケイくんは口を塞ぐ布を被せた、なにも見えない暗闇の中言葉も発せず、動くこともできない。せめて、音を聴こうと、動くのを止め耳を澄まそうとすると「ヒュン」という風切り音と「パンッ」という衝撃音と共に無防備になった腹部に鋭い痛みが襲った。その風切り音は2度、3度……と続き、その度に痛みが身体を突き抜けた。それも同じところを的確に狙い抜いてくる、避けようにも椅子に縛り付けられているため避けられず、せめて当たる場所を分散させようと身を捩ろうとするもそれすらもできず、私は遅すぎる罪悪感と共に涙を流しながら痛みに耐えるだけだった。


 腹部を襲う鋭い痛みを耐えていると不意に目隠しを外された。急に開けた視界に困惑しつつも、なんとか状況を理解しようと見渡すと正面に夕陽を背に何かを片手に下着姿で仁王立ちするナナさんがいた。あれ?ケイくんは?と思ったのもつかの間、右を向いていた私の視界の端にナナさんが素早く腕を振るのが見えた、風切り音と衝撃音と共に再び腹部に痛みが襲った。痛みに身体が跳ね、ゆっくりとナナさんの方を見てみると左手に持った物がナナさんの頭上でさらさらと揺れ動いていた。よく見ると、ナナさんが持っているのは先がいくつもに分かれた鞭、所謂バラ鞭だった。そして私の注意を惹けたと判ったのか鞭を投げ捨てて私の方へ歪な笑みを浮かべながら近付いてきた。

 ナナさんは私の方へ近づきつつ唯一身に付けていた生地の透けている黒い下着を脱ぎ始めた。そして何も身に纏わぬ生まれたままの姿で私の目の前に立つと耳元へ顔を寄せて熱の籠った声で囁いた

「ふふっ、私はこれからケイちゃんに愛してもらうわ。あんたはここで動くこともできないでケイちゃんがどれだけ私を愛しているのかその一部始終をみせてあげる。決して目を背けるんじゃないわよ?目を背けたらまたさっきみたいにいっぱい痛め付けてあげるわ。……そうね、私は優しいからもし目を背けずに全て見続ければご褒美をあげようかしら。これでもあんたには感謝しているのよ?私がケイちゃんを救ってあげる前まであんたがケイちゃんの味方をしてくれていたのを知っているから……さて、じゃあゲームスタートよ」


 ベッドの軋む音と共に嬌声が私の鼓膜を揺らす。ケイくんとナナさんが一糸纏わぬ姿となりお互いに抱き締め合いながら行われるその行為に目を逸らしたくても、またあの痛みを受けると思うと逸らすこともできず、ケイくんがナナさんを組み敷き唇や首筋、更には胸と口付けをする姿を嫉妬で狂いそうになりながらも見続ける。しばらくはケイくんに愛されるナナさんが妬ましくて、それを縛られて見ているだけの私が惨めで見ていたく無かった。ナナさんの体内に出されるケイくんの欲望。それを受け止めケイくんを愛しそうに抱き締めるナナさん、その姿を見たときそれまで感じていた嫉妬や惨めさは興奮へと変わった。


 一度精を吐き出したケイくんは、少し疲れた表情でナナさんと文字通り全身でその愛を受け止めたナナさんが重なりあって余韻に浸る一方で、私は先程までの二人の行為を見ていたことによって下腹部が疼く中、慰めることもできずに二人の後戯を見ていた。気付けば見なくとも分かるほど私の下着は濡れていて、少し気持ちが悪かった。この火照りを慰めたいそう思って身動ぎするも縄の擦れる音と椅子が軋む音が微かにするだけでむしろ縄が身体に食い込み、下着と肌が擦れ、更に下腹部が疼く結果になってしまう。


 しばらくしてケイくんが起き上がり床へ脱ぎ捨てられていた服を着直した。それを横目でみながらナナさんはYシャツを軽く肩に掛けながら私の方へと近付き、微笑みながら頷いた。

「ちゃんと最後まで見ていたわね……そんなに濡らしちゃって、興奮したの?……変態ね」

 私の濡れて色が変わった下着に気付いて嘲るように笑うナナさんは「でも、気に入ったわ、ご褒美よ」と言って私に二つの選択肢を出した。


 選択肢を選んだ私はこの日から人では無くなった。私はこの二人のペットとして側に居ることにしたんだ。休み時間に教室で仲良く話すケイくんとナナさんを眺めながらあの時を思い出す。


「これからも人として過ごす代わりに二度と私たちと関わらないか、私たちのペットになって今後もここへ来るか選びなさい?ペットを選ぶならケイちゃんとも話していいわ。考えてみれば今日みたいにどうしても一緒に帰れない日が有った時にあんたみたいな泥棒猫が現れないとも限らないもの。あんたにならその役目を与えてやっても良いわよ?」

 そう言ってナナさんは縄を解いた。そして下着をずらしながら私の秘所を触りながら「それにここ、疼くでしょ?ここへ来るなら慰めてあげるわ」と囁く。ずっと我慢させられていた私はその少しの刺激を受けて気が付けば「ペットになります、だからもっと……」と言っていた。そして、ベッドへと連れていきケイくんの目の前でさんざん焦らされた身体をナナさんは指や舌、更にはほんの数分前までケイくんのモノが入っていた秘所までも使って快楽を感じさせられた。


 二週間後、私は再びこの部屋に来ていた。一度目は無理やり、でも今は自分の意思でここに来ている。ゴミを見るような目で見てくるあの娘とニヒルな笑みを浮かべるケイくんが二人のペットである私を二人の部屋に迎えてくれる。そしていつものように椅子に縛られる私はとても惨めで、悔しくて、でもどこかで興奮している私がいて……色々な想いが頭をよぎる。私を縛り終えたあと、二人は微笑みあって裸になり愛し合う。そんな二人を見れば惨めさや悔しさは興奮へと変わり身体が疼きだす。それを慰めることもできずにただ夕陽に重なる二人のシルエットを見つめて大きな興奮とほんの少しの後悔がまた瞳から雫となって零れる。そして女の子は言うんだ「ケイちゃんは私のものだ、誰にも渡さない!」って……

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