第25話 警察省


 

 しんみりとした空気がノアとエリックを包んだ。窓の外を見る、今日は雨だった。


「ベンソンさんは俺に武術の基礎だとか、上に立つ者の責任だとか、大切なことを沢山教えてくれた。警備隊の第二師団隊長なんて、ベンソンさんがいなきゃ絶対に務まらなかったよ」

「恩人なんだな」

「ああ」


 エリックは彼を形作った思い出の数々を懐かしんでいるようだ。

 そのまま浸らせてやりたいのは山々だったが、如何せんIDEOが関係するとあっては悠長にはしていられなかった。


「それで、依頼って? 事件を忘れたいとか、チャーリーに夢で会いたいってところかい? 彼の依頼を受けることと、IDEOのパーティーがどう繋がるんだい」

「ああ、そうだな。ベンソンさんは、奥さんに夢をプレゼントしたいんだ。事件以来ずっと『自分が死ねばよかったんだ』って塞ぎ込んでるらしい。ノアの夢で、奥さんを少しでも前向きにしてやれないか?」

「なるほどねえ」


 ノアは右手を顎に添え思案した。滑らかな肌を親指でなぞる。


「パーティーの件は、ベンソンさんは、その〜…… 警察省の人間なんだ」


 ノアが文句を言おうとするのを遮って、エリックは続けた。


「もう辞めるんだ!! 退職して、家族との時間を大切にするんだって。お願いだ、信じてくれ! ベンソンさんは信頼できる人だ」


 この国を守る組織は警察省と警備隊の大きく二つに分かれる。「手を取り合って国民の安全を」というのは建前で、裏ではお互いの行動に目を光らせている。

 警察省の上層部というのは、IDEOの夢欲しさに隠蔽工作だってお手の物な連中の寄せ集めなのだ。


 一方の警備隊は、国を導くのは国民と、国民に選ばれた者達であるべきだ、という立場にある。正体を明かさない宗教団体に、この国の舵を取らせるべきではないと考える者が多い。


 おそらくベンソン氏は、そんな対立構造や汚い裏側などを知らされていない人間の一人なのだろう。退職するまでその澱みに関わらずに済んだのは、不幸中の幸いなのかもしれない。


「ベンソンさんはIDEOのパーティーがある度に警備の指揮を任されてんだ。この間町でばったり会ってさ。久々に酒飲みながら話したら、奥さんのこととか仕事の話を聞けてさ」


 IDEOが主催するパーティーの存在も知っていた。

 催されるようになったのはここ数年。これも世代交代のために起きた変化だと考えれば納得がいく。若い世代が外にアピールしているのではないか?

 レオなどは事あるごとに「潜入しちゃおうか?」と軽口を叩くが、政治家や企業のトップなど警戒心の強い者達の溜まり場に飛び込むのは流石のレオでも危険だ。

 それをエリック一人でだって?


「つまり、師匠の手引きでお前もパーティーに潜入するってわけか? たった一人で? 危険すぎる」

「ん゛〜〜〜…… 自分でもそう思う!!! だあ、なんで俺はこんなに頼りないんだあぁ!!」


 ガクッとうな垂れるエリックが哀れで、ノアは小さく溜息を吐いた。


「でもまあ、お前がそんなに信頼を寄せる人物なら、夢の依頼は引き受けよう。潜入は無理でも、パーティーの詳細を後日聞き出せれば十分だ」


 エリックは一転顔を上げて、救われたような笑みを溢した。その長く逞しい腕を広げハグのサインをして見せるが、ノアは「そこまではやらん」とそっぽを向いた。

 それでもエリックは嬉しそうだった。


「ありがとうな、ノア! やっぱ持つべきものは兄弟だぜ! はあ、でも俺にしては頑張った方だったのになあ。あ〜〜、あと少しだったのになあ、IDEOのパー––––」


 カランと夢屋の扉が開かれた。二人が視線を向けた先にいたのは––––


「あ、ごめんなさいお話し中に。……今IDEOのパーティーの話してました?」


 上着を濡らした立花蓮也が立っていた。

 

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