第16話 立花蓮也
立花は静かに相手の思惑を読み取ろうとしている。ノアたち四人が仲間同士なのか、もしそうなら警備隊すら味方につけているのか。
立花の警戒が疑念に変わる前に、ノアは話を進めようとした。
「どうでしょう、話していただけませんか?」
「それを聞いてどうするおつもりですか。どのような理由であれ、必要な手続きを踏んでいただけなければ私からお話しすることは何もありません」
「正式な手順を踏んでしまってはむしろ逆効果なんですよ。警察省にもIDEOの手は伸びていますからね。開示請求なんて通るわけがないですし、申請した翌日には重要な証拠類は全て削除されてしまうでしょうね。口を滑らしそうな下っ端の職員は書類と一緒に処分されるかもしれません。だからこうして貴方から口頭でお聞きするのが一番確実で、一番安全なんです」
「IDEOの手? 処分? 一体何を仰っているんですか。まるでIDEOが悪の組織かのような口ぶりですね」
立花以外の四人の空気がピリついた。
支援者である立花ならIDEOの腐敗や権力者との繋がりは当然知っているものと思っていた。援助の見返りとしてIDEO製の擬似夢を受け取っている可能性も見込んでいた。
何も夢の内容は残虐性に富んだものに限らない。夢でなら、亡くなった妻を生き返らせることだって出来るのだから。
が、結果はどうだろう。彼はIDEOの肩を持つ訳でもなく、そもそもの疑いすら抱いていない様子だ。彼が演技をしているようには見えない。
奴らは何かを嗅ぎつけ利用しようとする人間よりも、アイザックのように権力を持たない者や、立花のように疑いを持たず仕事に専念するような人間に付け入るのかもしれない。
何も知らない者をこちら側に引き入れてしまうのは彼を危険に晒すことになる。
ノア達のその一瞬の空気を立花は感じ取っていた。それこそ新聞記者や陰謀論を唱える輩のように嬉々として語ってくれば、立花も出鱈目だと跳ね除けられただろう。
ノアの逡巡は、むしろ立花に興味を抱かせてしまったらしい。
「この世界をロッドの危機から救ってくれたIDEOに陰謀論は付きものです。そんなものに食いつくほど私も馬鹿ではありません。しかし、支援相手に何か問題があっては私も困ってしまいますから、話を聞くだけなら問題ないでしょう」
「いえ。先ほどのお返事で、貴方が私たちの欲している情報をお持ちでないと分かってしまいました。これだけお時間を割いていただいたのに申し訳ありません。この話は無かったことにしていただきたい」
何も知らない人間を巻き込むことは出来ない、それがノアの下した決断だった。
他三人も、今日までの苦労が水の泡になってしまったが、これで良かったのだという表情を浮かべている。
しかし納得のいっていない人間が一人残っていた––––
「そうですか、では結構。明日から直接聞き込みを始めます。必要に応じてIDEOの方々にも事実確認をとる必要がありそうですね」
「慣れない嘘は吐くものじゃない。身内を大切にする貴方がそんな危険を冒すはずがありません」
「それは明日以降分かることですね」
ノアと立花が見つめあう。
残念なことに、立花の瞳に躊躇や恐怖は感じられなかった。ノアが深いため息を吐く。自分の信念を貫ける人間には敵わない。
「全く貴方という人は…… ではこうしましょう。私たちが持ち合わせているIDEOの情報をお伝えします、そのかわり貴方からIDEOについて詮索しないで頂きたい。聞き込みなど以ての外です、何か知りたければ私の元へ」
「加えて私は貴方たちに、大事な支援相手の情報を無償で提供するわけですか? お世辞にも取引とは言えませんね」
「そのお礼はこちらで」
そう言うとノアはおもむろにパソコンを取り出し、擬似夢チップを読み取らせた。
立花は一目見てそこが愛娘の寝室だと気づき、戸惑いが混じった鋭い表情を浮かべた。本当に娘が絡むと一気に攻撃性が増すな、とむしろ感心してしまう。
怒りが勝って話を聞いてくれなくなると困るので、手早くパソコンに接続されたマイクに話しかける。
「お父さん、こんばんは」
≪やあ、杏。今日はどんな一日だったかな≫
画面の中で話すもう一人の自分に立花は度肝を抜かれた。画面とノアを交互に見比べ、信じられないという気持ちを隠せなかった。
「まさか、そんなことが本当に可能なのか? これは…… 確かに擬似夢として作用するんですか? ただの映像なんじゃ?」
「正真正銘の擬似夢です。擬似夢の中では盲目も難聴も関係ありません。加えて私の夢は脳波にほとんど影響いたしません。これを是非杏さんへ。お渡しする前に希望のメッセージがあれば組み込むことも可能ですよ」
立花はまだ目を見開き、画面に映し出された精巧な映像に心奪われているようだ。
「貴方達について調べさせていただきました。この夢は杏さんの願いです。もう一度皆さんの声を聞きたいんだそうですよ」
ノアの言葉を聞いて、立花は悲しみと罪悪感が入り混じったような顔をした。
「杏が、そんなことを…… 耳が聞こえなくとも何不自由させないよう、今日まで手を尽くしてきました。行きたいところへ連れて行き、出来る限り一緒に時間を過ごしてきました。けれど最近は何も欲しがらなくなって、何か出来ることはないかと頭を悩ませていたのですが。そうか、声か…… それは言い出せないよなぁ…… ごめんなぁ、杏、気づいてやれなくて」
そう言って立花は潤んだ目元をハンカチで押さえた。そして、覚悟を決めた様子でノアに向き直る。
「最後に質問があります。先ほど私に、復讐しようと思ったことはあるかと聞きましたね。私にも同じことを聞かせてください。貴方はIDEOに復讐しようとしているのではないですか? 貴方がパターソンさんを復讐の輪から解放したように、私も貴方の復讐の手助けは望みません。貴方がここまでする理由は何ですか?」
ここで選択を間違えればIDEOの手掛かりは手に入らない。ノアは思考を巡らせようとした、が、諦めた。
立花のような男は取り繕った正解を望まない。素直になるしかないのだ。仕方がないといった様にふっと肩の力を抜く––––
「許せない人がいるんです。私はその人を……」
立花が身構えるが、その続きは思いもよらない言葉だった。
「許したい。この世界の誰よりも、大切な人だから。ただ、それだけです」
立花はノアの背後をじっくりと眺めた。ノアを見守る三人の眼差しを見て、彼は安堵の表情を見せる。それ以上探る必要はない、と言いたげな顔だ。
その前後からの視線に、ノアは気恥ずかしさと居心地の悪さをおぼえた。
「分かりました、協力しましょう。お話いたします、私が知りうるIDEOのことを」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます