第14話 事件の真相


––––一週間前––––


 夢屋にレオがやってきた。その表情を少し見ただけで、問題が発生したのだとすぐにノアは察知した。


「何があった」

「う~ん…… ちょ~~~っとね」

「ちょっと、なんだ」

「計画の練り直しが必要かも……?」

「……どれくらいだ」

「え~~~と、まるっと全部?」


 レオはえへへ、と可愛らしく笑って見せる。ノアは眉間を押さえて少しの間黙り込んだが、そうしていても仕方がないと開き直ることにした。


「はぁ…… 茶を淹れよう」

「今日はミルクティーの気分♪」


 レオの潜入結果はこうだった。ゾーイが残した遺書、その全てが嘘だったのだ––––


 ゾーイは立花の秘書を務めるうちに、彼に恋心を抱いた。

 彼に振り向いてほしいがために、職場の金を横領しブランド物の服やエステにつぎ込んだ。そのことが同僚男性にバレてしまい、秘密にする代わりに体の関係を求められた。ゾーイのお腹の子はこの同僚男性との子であった。


 これを逆手に取れば、お腹の子を立花との子に仕立て上げられる。そう考えたゾーイは立花のコーヒーに睡眠薬を仕込み、既成事実を作ろうとした。

 しかしその日は立花の娘の誕生日だった。どれだけ多忙でもイベント事は必ず参加していた彼が、今日に限って帰りが遅い。それを心配した彼の専属運転手が執務室まで様子を見に来たところ、ゾーイが立花の服を脱がしている現場に遭遇してしまったのだ。


 そんなことをされても尚、彼はゾーイを許そうとした。横領の罪をきちんと償うのであれば、寝込みを襲おうとしたことは不問にすると言ったのだ。

 しかし、既にゾーイの精神は壊れてしまっていた。彼女は立花の寛大な申し出に感謝するどころか、何故お腹の子を認知しないのかと暴れまわったという。


 果てには、その怒りの矛先は立花の娘に向けられた。邪魔者を始末すれば彼はゾーイのお腹の子だけを愛してくれる。だけの幸せな家庭を築いていけると考えたのだ。

 いくら立花でも娘を危険に晒すことはできなかった。横領の証拠や運転手の証言をまとめゾーイを訴えようとした矢先、彼女の自殺を知らされた。



 これが、今回の事件の真相であった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

「自殺しちゃった相手をこれ以上責めてもしょーがないってことで、立花はこの件に対して箝口令を布いたんだ。まっ、そんな情けをかけたから、あの母親は的外れな憎しみを抱いちゃった訳だけど」

 

 レオは一通り説明し終えると、ぬるくなったミルクティーの残りを飲み干した。


「警察省と裏で繋がっていた訳じゃなかったのか。そこは動きやすくなったが…… 事実を知ってしまった以上、なんの罪もない立花に悪夢を見せることはできない。別の方法で彼と繋がるには…… レオ、潜入していて何か気づいたことはないか」


 レオが何か言いたそうにもじもじする。

 いつも聞いてもいないことをベラベラと話すくせに、なんだその態度は、とノアは眉間に皺を寄せた。

 

「どんな些細なことでもいい。あるなら話してくれ」

「……立花の娘、アンって言うんだけど、その子耳が聞こえないんだ。家庭教師として潜入してまだ五日だけど、立花家の人たちってみんな優しいんだ〜。みんながアンのことを大切に想ってる」


 ノアは黙ってレオの話を聞いていた。レオも潔く続きを話す。


「アンも元気いっぱいな普通の女の子でさ、新参者のぼくにも直ぐに心を開いてくれた。けど、部屋のゴミ箱に『星祭りの願い事』ってお題の作文がクシャクシャになって捨てられててさ…… 『みんなの声が聞きたい』だって。アンの難聴は二年前に突発的に起きたものだから、どれだけ文字や手話で愛情を伝えられても、肉声が恋しくなっちゃうんだろうね」

「……うってつけの話じゃないか。なんで勿体ぶったんだ」


 レオがさらにもじもじする。ちらっとノアを見て小さく呟いた。


「だって~~、ぼくはノア一筋だもん。ノア以外の人間にこんなに肩入れしちゃ、君が焼きもち焼いちゃうかなって☆」

「寝言は寝て言え。……でもまぁ、確かに珍しいな。レオが他人にそんなに興味を持つなんて」

「……孤児だったぼくが探偵事務所のオヤジの所で働いてたって話はしたよね。あいつはぼくに名前さえ付けないで、役に立たなきゃストレス発散で殴ってくるような男だった。だから本当の両親が現れて、ぼくを助けてくれないかなって思ったりもした。愛してほしいと思った日も、殺したいくらい憎んだ日も数えきれないくらいある。けど今は、そんな感情も忘れちゃった」


 俯いたレオの前髪が、はらりと垂れた。少しの間をおいて、レオはパッと顔を上げ続けた。


「でもアンを見ていたら、この子はまだ間に合うと思ったんだよね。今はまだ、作文に書けるほどの願いや悲しみがある。でもきっとあと数年もしたら、アンはその悲しいって気持ちも忘れて、自分の感情に蓋をしちゃう…… ゴミ箱に捨てる願いもなくなっちゃうなんて、あんまりじゃない」


 レオは柄にもないことを言ってしまったとソワソワしている。いつも剽軽にくだらないことを言うのが自分の役割だと思っているのだろう。

 ノアの方は見ないが、その反応を気にしているようだ。


 フッと、笑いとも溜息とも取れる息を漏らしてノアは言った。


「まるで自分は手遅れだとでも言いたげだな」

「……」

「感情に蓋をしてしまったなら、また開ければいいだけだ。蓋があるだけいいじゃないか、自分の感情をコントロール出来ずに暴れまわる人間よりよっぽどマシだ…… ゾーイはそれで命を絶った。憎しみを思い出したら僕たちが止めてやる。孤独を思い出しても…… もうお前には夢屋ここがあるだろう」


 こちらも柄にもないことを言ってしまったと居心地悪そうにする。

 レオは一瞬ぼーっと呆けるが、次の瞬間にはノアに飛びかかっていた。照れ隠しで顔を背けていたものだから、その襲撃に反応が遅れ、もろにタックルを受けてしまう。


 ドッターン! と床に倒れこむと同時に夢屋の扉が開き、エリックとエマが目の前の光景にドン引きする。エマが口を開く。


「お前ら…… まさか本当に––––」

「違う、断じて、違う。その先は絶対に言うな」

「何が違うのさ~! あれはもう愛の告白以外にないでしょ~!! ノアだ~~~いすき~~~!!!」


 無理矢理にレオを引き剥がし、乱れた前髪を整えながらやってきた二人に向き直る。至って平静に、紳士然として。


「ふざけている時間はない。計画の練り直しだ。今夜は徹夜になるぞ」

「いや、ふざけてたのはお前らだろぉがよ!!」

「おっ、徹夜か! なんかワクワクすんなぁ」

「ミルクティーのお代りが欲しいで~す♪」


 緩まった空気は失敗のもとだ、本当は引き締めなければならない。しかし、少女を痛めつける夢を実の親に見せるという当初の計画が白紙に戻った喜びは、他でもない作り手のノアにとっては計り知れないものだった。


 今は少しだけ、この温かさに浸っていてもいいだろう。

 

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