第11話 復讐


 重い空気に耐えかねてか、エリックが口を開いた。


「まぁ、決めつけるのはまだ早いよな。とにかく今はやっと手に入れた手掛かりを無駄にしないことに専念しようぜ。まずはこの顔写真を警備隊のデータベースに照らしてみるよ。進展があったらまた連絡する」

「ああ、頼んだ」

「……焦って無理すんなよ。茶、ありがとうな! レオ、お前も用が済んだらさっさと帰れよ!」


 レオがぶ~っとしかめ面をしてエリックを見送った。しかし仕事は仕事として全うする男なので、すぐにノアに向き直る。


「で、次の依頼人って?」

 

 ノアは女性の写真が留められた書類と、一枚の名刺を見せた。


「依頼人のヘレン・パターソンと~、こっちは…… 読めな~い!」

「ルビがあるだろう。今回のターゲットの蓮也レンヤ 立花タチバナだ。富豪ランキングにもお馴染みの立花グループのトップだ。依頼内容は、立花を苦しめる擬似夢を作ってほしい、とのことだ」


 詳細はこうだ–––– 


 ヘレンの娘、ゾーイ・パターソンは立花の秘書をしていた。

 普段からマメに連絡を取り合う仲の良い親子だったという。ある日急に返信が途絶えたことを心配しゾーイ宅へ向かうと、自室で首を括っている娘を発見した。

 そばにあった遺書には立花への恨みが綴られていたという。時が来たら籍を入れようと言われたこと、子を身籠ると堕胎を迫られたこと、秘書の仕事を首にされたこと…… 

 そこにはヘレンの知らない苦しみが紙一面に記されていた。


 すぐに警察に届け出たが「調査します」という返事の後、帰ってきた言葉は「事件性はありませんでした」という耳を疑う結果であった。

 マスコミに頼りもしたが、遺書は警察から返してもらえず「肝心の証拠がなければ記事には出来ない」と見放されてしまった。


 なす術がなくバーでやけ酒をしていたところをエマが見つけたという次第だ。


「立花には十歳の娘がいて、妻は出産後まもなく亡くなっている。ヘレンは夢の中で復讐をしたいそうだ」

「立花をコテンパンにする夢を見たいってこと?」

「それで済めばまだマシだったんだがな……」

「というと?」


 ノアは口にするのも反吐が出るといった態度で続けた。


「……十歳の娘が自殺する夢を、立花に見せるのをご所望だ」


 レオが不敵な笑みを浮かべる。


「これはまた、厄介なお客様だね~……」

「レオにはヘレンと立花の周辺調査、娘の映像と音声データの採取を頼む。警察との繋がりがあるのは明白だ、夢屋こちらの素性がバレることのないように注意してくれ」

「僕がそんなヘマするわけないっしょ~。まっかせといて~」


 レオはきっと十分すぎるほどのデータを集めてくるだろう。

 そのデータを元に、ノアは夢の中で幼い少女を死に追いやらなくてはならない。ノアは俯き眉間に皺を寄せた。


「何考えてるか知らないけど~、気にしすぎだと思うよ?」

「……こういう仕事を受ける時は、自分の心がドブに浸けらている気分になるよ。浸ける頻度や時間が長いほど、その汚れや臭いは落ちなくなる。そうして元の色も思い出せなくなるのさ。このまま穢れていけば、いつかそれが心であったことすら分からなくなるんだろうな」

「それはないよ。世界中の誰も、ノア自身にも、ヘドロにしか見えなくなったって、僕だけは君の心を見抜けるもん。僕という洗剤で洗って、僕という太陽のもと干せばいいんだよ~! まるっと替えることは出来なくても、この慈愛に満ちた心に浸しなおせば、どんな汚れもイチコロさ!」


 レオは当然のように言ってのけた。そこに同情心など微塵も見られず、ノアはポカンとレオを見つめた。


「……ヘドロは言い過ぎじゃないか」

「言葉のあやでしょ〜!!!」


 勢いで抱きつこうとするレオを慣れた様子でかわす。

 どれだけ黒く染まろうが、レオは最後まで僕の良心を信じてくれるのだろう。他人が諦めていないのに、自分が疑っていても仕方がない。


 何が正しいのか分からないのなら、今出来ることをするしかなかった。


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