第5話 IDEO
International
Dream
Experimental
Organization
始まりは小さな宗教だったという。人々が夢を見なくなった時期から急速に力をつけ始め、今では世界を牛耳っていると言っても過言ではない組織である。
世界中で夢の代用品の発明が急務であった頃、いち早くスキャナを発明し、ドリーゼを開発したのがIDEOである。装置と薬の安定供給を条件に、その実態を秘匿する取り決めを各国と結んでいる。
IDEOの特徴は三つ。巨大な教会のような見てくれの関係者専用施設と、脳波を測定しドリーゼを接種する医療専用施設、そして電波塔。
一般人が入ることができるのは医療専用施設のみ。その他二つでどんな事が行われているか知る術はない。入るためにはIDEOに入信する必要がある。つまり、従業員ではなく信者として過ごすのだ。
IDEOには重大な秘密がある、そしてそれは電波塔に隠されている、ノアは半ば確信に近い考えを持っていた。
「それで、IDEOの手がかりって?」
「期待させて申し訳ないが、実は大したモンじゃねえんだ。あそこの信者を保護した、が、すぐに死んじまった」
「死んだ?」
「ああ。始まりはありきたりな不審者の通報だった。現場にいたのはヨレヨレの白衣を着た男が一人、取り押さえて薬物検査にかけていた時に『自分はIDEOの入信者だ。ここを出れば殺されるから保護してくれ』と言うじゃないか。ずっと何かに怯えている様だった。身の安全は保障するから情報を出せと言ったんだが……」
エリックの話はこうだった。白衣の男はIDEOの擬似夢製作班に所属していて、そこでは少しでも精巧な夢を作るために信者を消耗品の如く扱っていた、そして男自身も同様に歯車として酷使されていたという。
擬似夢に何度も入り込みバグやノイズを取り除く、脳波が乱れようが無理矢理また擬似夢に入り込まされる。それが休みなく毎日続いたという。
男が所属していた班では一般的な擬似夢ではなく、権力者や支援者の為の夢を作っていたという。
痩せ細り苦痛の声を上げる者の手足を一本ずつ捥いでいく夢、数え切れないほどの女を抱く夢、料理に塩を振りかけるように他国に火種を浴びせる夢…… 夢の内容が複雑であるほど、そしてそれが過激であるほど脳への影響は凄まじいものになる。
自らの手で人を殺し、蹂躙し、子どもが泣き叫ぶ姿を永遠に繰り返す、終わらない地獄。しかしそれが男の仕事であるということは、その夢を欲している者たちがこの世の中にいるということだ。
誰かにとっての地獄というのは、同時に誰かにとっての極楽である。
「吐き気がするね。で、どうして男は死んだんだい」
「自殺、服毒死さ。奥歯に仕込んでたんだろうな。俺が正式な証言として採用するために、精神科医の手配なんかで席を外したんだ。その隙に…… 不自然だよな?」
「ああ、身柄の保護を頼み、素直に情報の提示にも従っていた男が…… 黙秘の末の自害ならまだしも、情報を出すだけ出して死ぬなんて」
「だ〜よな〜! 何がしたかったのかさっぱり分からねえ! それに、IDEOの内部が腐ってるのも、お偉い方とチップで繋がってるのも既に握ってるネタだ」
「電波塔については聞かなかったのか?」
そこでエリックは「そうだ思い出した!」という顔をした。全くコイツときたら、何がどうしてこの記憶力で隊長が務まるのか。
「そうそう聞いたぜ! 今回唯一の手がかり! いつもとそう変わらない返答だったけど、ちょっと違ったんだ」
「ちょっと違う?」
「フィールドだって」
「フィールド……」
それまでこの問いに対する元信者の返答はどれも同じく「何も知らない」であった。フィールドと言って思いつくものは、「分野」に「戦場」……? 「畑」ではあまりにも電波塔とイメージがかけ離れている。
何かの比喩としてフィールドと表現したのか、それともそのまま戦場という意味を指しているのか? 死んでしまっては真相は闇の中だ……
IDEOの入信に際する決まりごとはない。老若男女来るもの拒まず。そして、去るものは許さず、である。一度IDEOに足を踏み入れれば二度と元の生活に戻ることはない。
たまにこうして現れる脱獄者をエリック達で保護して情報を聞き出しているが、大抵はIDEOで受けた酷い扱いのせいで碌な精神状態ではない。今回のようにはっきりとした意思疎通が取れる存在は大変貴重だったのだ。
何故死んでしまったのだ…… そう考えてから、自分を律した。己の目的のために人の命の重さを決めるなんて、奴らと同じくらい醜い行為だ。私はそんな人間にはならない。
ポンッとノアの背中をエリックが叩いた。軽くのつもりだろうが結構痛い、筋肉馬鹿が。不服さを全面に出してエリックを睨みつける。
「そう思いつめるな。着実に近づいている。少なくとも、ただ悔しんで泣くだけだったガキの頃とは違うんだ。あいつらの正体を暴いてやる日もそう遠くないさ」
「……そうだな」
単細胞に気を使わせるほど切羽詰まった顔をしていたのだろう。それを邪険にする気にはなれなかった。
口ではああ言ったが、ノアの心は依然ざわついていた。着実に近づいていると言われても、ゴールがどこかも分からない。正体を暴くどころか、知らないうちに死神の鎌がノアたちの喉元に突きつけられているのではないか。
タイムリミットは、もうすぐそこかもしれない。
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