雉猫と追憶

リュー・チョピン

雉猫と追憶

 雉猫きじねこが俺を見上げ、甘ったるい声を上げる。尻尾は真っすぐに天井を指し、瞳孔は大きく開いている。これはやや興奮した様子なのだと、動物番組で聞いた覚えがある。そこでは、猫の知能は人間の五歳児程度あるということも言っていた。なるほど確かに、気に入った相手にタイミングを考えずに飛びかかるさまは、人間の子供を思わせる。

 五歳の頃の俺はいったい何を考え生きていたのだろう。目の前の猫のように無邪気であったのだろうか。もう二〇年以上前の感情を求めて、俺は記憶の中の自分と対話することにした。それは容易なことではなかった。そこにはサンタクロースからのプレゼントと、ゲームの世界を共に生き抜いた兄と、両親からの笑顔があった。そういった心象が、効率化されていくオフィスや社会にはびこる罵声と対比され、過去への回帰願望を浮き彫りにしていった。過ぎ去ったものは二度と手に入らない。時間は不可逆だ。

 この記憶の旅の代償は頭痛だった。それは重力による支配と、破裂してしまいそうに鼓動する心臓によって出来ていた。きっと俺の眉間のシワは深くなり、目は人生への諦めで塗りつぶされているのだろう。そういう顔をよく、洗面所で目撃している。

 雉猫は未だに俺を見上げて、甘えた声を出し続けている。それは愛は望めば無限に出てくると、漠然と信じていたあの頃と重なって見えた。だから猫の額を撫でてやった。彼は目を細め、こちらに頭を押し付けてくる。それに機嫌よく喉も震わせていた。その様子もまた、愛に喜ぶ過去の自分のように思えた。

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雉猫と追憶 リュー・チョピン @ryusei4515

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