第4話 時間

第4話 時間


「おはようございます」

私の新しい朝が始まる。

古本屋『アッテント』で働き出してから、1週間が経った。


白髪を綺麗に整えた、温厚そうな本好きのおじいさんがこの店の店長だ。ゆーじいと呼ばれている。



身分証明書もない私を即決で採用してくれた。

男の親戚だというと、何かを悟ったような顔をしていた。

何となく、この人に嘘はつけない気がした。




朝の掃除を終え、オープンの看板を出す。

看板に大きく書かれた店の名前。


『アッテント』


イタリア語でattentoは’’心中’’を意味する。


店の名前を付けたのは店長。

温厚そうに見えて、根は実は闇があったりするのだろうか、なんて思う。

それにしてもイタリア語で’’心中’’なんて洒落ている。





「僕達にぴったりでしょ?」


男がそういって私の顔を覗き込む。

最近やけに距離感をはき違えている。



「…近いんだけど」


かまってもらえない子供のような顔で口を尖らせながら方向転換して仕事に戻っていく。


これでも店長代理なのだから驚きだ。


世間様でいうイケメンという部類に入るからなのか、おばさま連中にやたらとモテている。

そういう時には必ず私にドヤ顔をかましてくるから腹立たしい。




昼上がりの私は先に仮家に帰る。

トーストを1枚焼きながら、ホットコーヒーを入れる。

男が帰ってくるまでの間、静かな時を過ごすというのが私の日課になった。



なのに、今日はそうではなかった。


テレビを付けた途端、私だけがその時間からはじき出されたような感覚になった。


焼きたてのトーストをくわえたまま、動くことが出来なかった。






『××県××町に住む、夏目ひよりちゃん(17)が行方不明となっています。ひよりちゃんは2月12日未明から行方が分からなくなっており、目撃情報も出ていないということです。ひよりちゃんらしき人物に見覚えのある方は警察までご連絡お願いします。』






そこに映っていたのは間違いなく私だった。




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