第5話 理由
第5話 理由
私に''良親‘’はいない。
血のつながりだけが邪魔をする、親という仮面をかぶった見せかけのつながり。
その存在はいつも私の前に立ちはだかって、決して通してはくれない。
まるで一生頑張っても超えられない壁のように。
決してほどけない鎖のように、私をきつく、きつく縛り付けて離さない。
精神的に傷つけられて、心をどんなに殺されても、教師や世間は気付かない。気づいてくれない。
気づかない''ふり''しかしない。
「どの程度の暴力を受けているんですか」
「お子さんの身体に傷やあざなど、虐待と思われるものはありませんので。」
「世間的にいえばまだ精神面なんて楽なんじゃないですか」
「お前、こんな忙しい時期に進路相談以外のこともってくんなよ」
「もう子供じゃないんだから」
助けて、と言えたなら、私は今生きたいと思えただろうか。
どれだけ殺されて、誰も気づいてくれないとしても、私は助けてなんて言えただろうか。
死んで楽になるってどんな感じだろう、死んだら、この薄汚れた掃き溜めのような暗くて狭い紺色の世界から、もしかしたら抜け出せるんじゃないかって。
____なに……これ。
高校の制服を着た私の顔写真が、テレビの画面に大きく映し出されている。
あの親がとうとう通報したのか。あの親が……??
違う、私はテレビを毎日見ていたけど、こんな報道を見たのは今日が初めてだ。
通報したのは昨日か今日だ。
2週間経ってようやく通報したのだ。
通報されるまでの目安は予想通りの期間だったが、予想と大きく違ったのは顔写真の公開だ。
まさかそこまでやるとは思わなかった。疑問だけが脳裏をよぎる。
「私の娘です……!どうかあぁどうか早く見つけて……ああああああ……私の……あぁ早く見つけてください……!お願い……」
大勢の記者に囲まれた女がテレビの中で泣き叫んでいる。泣き叫んでいる。
おかしいぐらいに笑ってしまいそうだ。
まるで本当に美しい母親の愛を世間に謳っているかのように''見えた''。
私には、喜びに満ち溢れた感極まる姿にしか見えない。
私の心をめった刺しにした後の顔と変わらない。
娘を愛する素晴らしい母親です、と言わんばかりの演技力。
世間はこれであなたの思惑通り、娘が行方不明になった可哀想な悲劇の母親だと思うだろう。
「たっだいまー……ってどうしたの、今にも死んじゃいそうな顔してるじゃん。」
バイトから帰ってきた男が、私の視界の先にあるものを見て目を見開く。
その目は今にも人ひとりは簡単に殺してしまいそうな、血迷った瞳をしていた。
「なんでそんな顔するの、あんたは何も知らないんだから、あんたがそんな顔する必要ないでしょ。」
分からないけど、その時私は泣いていて、気がつけば男の腕の中にいた。
私を包み込んで、ただ、「大丈夫だから」とだけ何度も繰り返し言った。
「あんな茶番僕には通用しない。君の顔見ればわかるよ。あいつらは君の心を、生きたいって思う心を奪ったんでしょ。」
「僕が君を守るから」
涙まで枯れてしまったから、もう泣くことはないと思っていた。
ずっと、誰かに気づいてほしかった。
声を聴いてほしかった。
「助けて」
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