第2話 住処
「で、行く当てでもあるわけ?」
「とりあえず君の住処を紹介しないとだね。」
「まあ僕の家ってことなんだけど。」
……あんたの家かよ。廃墟とも言える古びたアパートだ。
まだ日が出ていないせいか、余計に殺風景を思わせる。階段は1歩歩く事にギシギシと音が鳴る。
「ねえ、まさかここに住まわせる気?」
「心中する前の恋人にはもってこいの場所でしょ。」
「いや、あんた住んでたんでしょ。」
「あ、そっか。」
「……」
「ねえ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「何、寝室一緒かって?安心してよ、何もしないから」
「当たり前でしょ、触ったら殺すよ」
「わかってるって。怖いなあ、さすがに僕も死ぬ前に殺されるのは気が引けるね。」
「何もしない、約束でしょ?君が求めて来たら僕はいつでもうぇるかむだけどね」
(……アホらし)
「なんで死のうと思ったの?」
ドンドンドンドンドン!
扉の叩く音。
乱暴な音、私が嫌いな大きな音。私の細胞をひとつひとつ破壊していく。
咄嗟に耳を塞ぐ。
「深呼吸して」
「ほら、ゆっくり、そうゆっくり、大丈夫だよ」
なんでだろう、なんか懐かしい。そんなはずないのに。
「ねぇ、誰か来たんじゃないの?」
「誰だろうね」
もう、バレたのだろうか、私が家出したって。通報された?誰かに見られていた?
それとも…’’この男’’が通報した?警察?親?
もう…終わり?また、死ねない?
怖い、戻りたくない。
ガチャ。
「こんな夜中にごめんなさいねえ、昨日引っ越してきた早乙女ですう。お隣なのでよろしくお願いしますねえ」
いかにも世間話が好きそうな、50手前の太ったおばさんが待ち構えていた。
予想が外れて拍子抜けする。
「あぁ、そうですか、よろしくお願いします」
男が淡々と挨拶する。
とりあえず私は男の後ろに隠れた。
「あれ、そこの可愛いお嬢ちゃんはあなたの彼女?にしては歳が少し離れてるわねえ」
ドクン、ドクン、心臓がなった。
バレてるし……。
「あぁ、この子は僕の親戚なんです。」
人間は咄嗟に嘘をつくのが得意だ。
私がこの男の親戚……、まあ彼女って言われるよりはましだ。
「そうなのお。まあこれからよろしくねえ。じゃあ、おやすみなさいねえ」
うるさいおばさんは言うだけ言って、そそくさ帰って行った。
バタンッ!おばさんの扉を閉める音が夜の静けさに響く。
大きな音は嫌いだ。
縮こまっていた身体からすっと緊張がとけて、私は膝から崩れ落ちた。
「大丈夫?」
「触るなって言ったでしょ。」
「ところで親戚って何よ」
「彼女って言われる方が良かった?」
「……殺す」
この男が持ちかけた、私に交わした約束はあらかた噓でも冗談でもないのかもしれない。
この子、死のうとしてたから助けたんです、とでも言ってほっぽり出せば、今頃私は家出少女として通報されていたかもしれない。
この男を信用してもいいのだろうか。
そういえば、男が死のうとした理由を聞きそびれた。
まあ、所詮、他人の死にたい理由なんて私には関係ない。
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