視線


 喧嘩をしてから、改めてよく見て、明子が周囲の奇異の目線に気づいていないわけではないことに気づいた。明子は、他人の目が残酷な光を覗かせたとき、マフラーの内に、サングラスの内に隠れるように身も視線も竦めるのだ。

 奈緒は周囲ばかり気にして、一切気付かなかった自分を恥じた。

 明子を勇気づけるように、奈緒が手を握る。首を竦めたとき、呼び出すように声をかける。すると、明子はぴくりと動いて、それからはにかむのであった。迷子の子供が名前を呼ばれたような顔を、おろおろとした挙動で見せる。

 明子のその顔に、窺うように奈緒の目を覗き見るしぐさに、奈緒はかつての明子の面影を見た。すると、何やら心がほどける心地がし、誇らしくなった。

 サングラスごし、結露の向こうで伏し目がちの黒々とした瞳を見つめ、これでいいのだと思う。

 未だに、明子のもとへ歩いていくとき、足がすくむ。明子が奇異の目線にさらされていると、自分の首が燃え上がるように熱くなる。けれども奈緒は、明子の傍にいてやらねばと思う。

 それは、着ぐるみの奥、気遣わしげにこちらを見る明子の視線が、竦める身があるから。 だから実際に、奈緒はもはや自分への関心などなくてもいいとさえ思えるのであった。

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