第27話 色欲の木曜日
世の中には考えても分からないが気になってしまうことが多々ある。例えば、郵便物を受け取った時のサインだ。宅配員のお兄さんが渡してくれる受領書にこれまたお兄さんが貸してくれるボールペンでサインを書くというあの一連の流れ。ハンコを押印するというのもパターンとしてはあるのだろうがいちいちハンコを持って出るのは面倒だしサインでいいというのならサインで済ませてしまうというのが人間というものだろう。ところで、ここでひとつ気になることがあるのだ。昨日の19時頃だっただろうか、我が家のインターフォンが鳴り、その時はまだ私しかいなかったので渋々腰を上げて玄関に向かった。珍しく「やさしい人とは」と言うフワフワした本を読んで少しでも教養を深めようとしていたのに邪魔されたから少しの間、行くかどうか迷ったが。扉を開けるとよく見る縞模様の服を着たお兄さんが小さな茶封筒を持って立っていた。いわゆる書留というやつだ。名前を確認されてサインをして、何事もなくそのお兄さんは去ってしまったが、果たしてこれは私ではなくてもいいのではないか、と思った。もちろんその書留は我が家宛であり、なんなら私宛だったからその封筒が届けられるには最もな人間のもとにたどり着いたと言える。しかしこれは私である必要ではない。もっと言うと、我が家の人間である必要はない。仮に全く我が家とは関係のない人間が何食わぬ顔で玄関に赴き、我が家の名前をサインして茶封筒を受け取っても何事もなかったように配達員は去っていくだろう。当然だ、何事もなかったのだから。そして、1番の疑問はサインに書くべき文字をちゃんと確認されているのかと言うことだ。試しに我が家とは何にも関係のない「上村」とか言う某かの名前を書いたとする。いや名字が分かってしまっては某ではなくなってしまうな、まあいい。その時、配達員は、その違いに気づき、「ご自分の名前を書いてください」とでも言うのだろうか。おそらくそんなことにはならないだろう。十中八九そのまま「ありがとうございました〜」と次の配達先へと颯爽と向かっていくに違いない。そもそもあのサインした紙はあの後どう処理されるのだろうか。個人情報が書いてあるためぞんざいな扱いは受けていないだろうが、丁寧に管理されているとも思えない。しかしこれ以上は考えても分からないのだ。しかし気になると言えば気になる。この謎を明らかにするには私が実際に配達員になるか配達員の知り合いを作り上げ、その人に賄賂でもわたして享受して頂くか、くらいだろう。案外昨日の配達員に聞いてもすんなり教えてくれるかもしれないが。
そんな、取り留めのないことを頭の中で回顧しながら世間話調に自分と会話していると、信号の前を大学生くらいのカップルが横切って行った。いや、カップルではないかもしれないが、男女が2人で歩いているとどうしてもカップルだと思ってしまう。手でもつないでくれていたらわかりやすいのだが、微妙な距離感で断言はできなかった。そのカップルをぼーっと見ていると何見てんだよ一人ぼっちが、と言わんばかりに信号が変わった。1人でいることの何が悪いと言うのだ。世間一般が思っているより1人というものは悪くない。問題なのは周りに人が大勢いるにもかかわらず、1人にされてしまっている状況だ。自ら1人を選択している私はより高次の1人だと言えよう。それに私は1人でも常に会話をしている。誰かといても中身のない会話や相手の顔色ばかりを伺った嘘だらけの上部の会話をするよりよほど充実しているし有意義だ。そして何より、まもなく私は1人ではなくなる。あまり1人と言い過ぎるのはやめておこう。虚しくなる。
「よ!少年」
「好きですね、それ」
「なんかもう始りはこれ!って感じになってるよね」
「そうですね、結構好きかもです、それ
「そう?ならよかった」
「それで、今日もどこか変わってるんですか?ぱっと見わからないですけど」
「うん!変わってる!さぁ、どこでしょう」
「わかりません」
「いや、即答かい、少しは考えなよ。ほれほれ〜」
そう言い、彼女は腰に手を当ててフリフリと体を左右に揺らしている。小馬鹿にされている気分だ。いや、きっと本当に小馬鹿にしている。昨日とよろしく、彼女を観察することにした。
「いや、わからな・・・」
「ん?どうしたの?」
不思議なことにふと、先ほど見たカップルの女性の服装が頭に浮かんだ。上は俗にいう革ジャンというやつを着ていた。ボトムスは膝上くらいの黒いスカートを履いており、さらに黒いストッキングを履いていてすらっと見えたのを克明に思い出した。制服を着ていたわけではないのになぜか思い出してしまった。と同時に私は彼女の制服のスカートに目をやった。
「スカートの丈、少し短いですか?」
「ええ!なんで分かったの!」
当ててしまった、と同時にしまった、とも思った。こんなに早くしかもスカートの丈の変化を当てる男子高校生なんて、我ながら引く。しかしなぜだろう、ふとカップルを思い出して彼女のスカートを見てしまった。しかし、いちいちさっきのカップルのことを話すのも面倒だったためここは適当に流すことにした。
「あ〜、たまたまですよ」
「本当に〜?ちょっと変なこと考えてたんじゃないの〜?」
「だから、変なことってなんですか、自分は別に・・・」
「別に、何?」
「そういう目であなたを見てません」
「へえ〜、そういう目って、いやらしい目ってことよね?じゃあどういう目で見てるの?」
なるほど、そう返されるのか、それはまた難しい問いかけだ。私が彼女をどういう目で見ているのか、それは私にもわからない。いや、好意云々の話なら分かっているし、会った瞬間に微かな安心感さえ覚えたためもはやその感情については考えてすらいなかった。ならばどう返そうか・・・考えていると再び彼女が口を開く。
「そんなに考えないとわからないことなの?なんか悲しいなあ」
「いや、そんなことはないんですけど、うまく言葉にできないというか」
「私はあんたのこと、いいやつで、一緒にいると楽しい存在だと思ってるよ」
いいやつ、か。嬉しいような、物足りないような、複雑な気分だった。しかしそうか、それなら私でもなんとか言葉にできそうだった。
「なんていうか、ドキドキします」
「ドキドキって?緊張ってこと?」
「いや、ちがっ、くもないかもしれません、そうですね、緊張もしてるのかも」
「ええ〜、何を緊張すんのよ、今更」
「えぇ、そうですね、でも、嫌な緊張ではないです。なんか、心地いい緊張です」
「ふ〜ん、よくわからないけど、それがあんたにとっては悪くない評価ってことよね」
「どうですね、むしろかなり高評価です」
「そっかそっか、じゃあいいか、うん、許そう!」
「ど、どうも」
はて?何かを咎められていただろうか?どういう目で見ているのかという答えに対する彼女の及第点をもらえたということだろうか、そういうことにしておこう。
「ところで、どう?このスカート、いい感じでしょ?」
「そうですね、正直よくわからないですが、綺麗だとは思いますよ」
「ん?綺麗?」
「えぇ、なんか、スカートだけでなく全身がすらっとしているし、服装のバランスもいいですし、理想の外見って感じで」
「そんなガチで分析しなくてもいいのに、あんた面白いね」
「あ、いや、他意はないです」
「分かった分かった、ありがとう!」
改めて彼女の服装をチラッと見てみる。その時、冷たい風が一瞬私と彼女の間を強く吹き抜けた。と同時に彼女のスカートが若干翻った。私はとっさに視線を逸らしてしまった。
「もう、タイミングが悪いわね。みえて、はないか」
「は、はい!見えてないです、見てないです!」
「そんなに目逸らさなくてもいいのに、あんた悪くないじゃない」
「そ、そうですけど」
「それに、どうせなら見たかったんじゃない?」
「い、いえ!そんなことはっ!」
100パーセントの語気で否定することができなかった。少しは見たがっていたのだろうか。
「そうよね、あんた、そんな人じゃないよね、うん、知ってる」
「すみません、ほんの少しは、その気持ちもありました」
「ふふっ、何それ、そんなことあえて言わなくてもいいのに、あ〜本当に、変な人」
「あ、そうですよね、なんかすみません」
「いいじゃない、素直で、私、素直な人が好き」
そんな彼女の些細な発言でドキっとしてしまう。あなたの言動に一喜一憂してしまう私のことももう少しは考えてくれないか。
「あなたの方が素直ですよ」
「そう?何も考えてないだけよ」
「考えずに話せてるところがもう素直ですよ」
「そっか・・・そうかもね」
彼女は素直だ。知っている。そんな彼女が私に素直に感情を伝えていてこれなら、きっと彼女は私と同じ感情は抱いていない。でも、それでもいい。ここにいて、話せている。その事実だけで、十分だ。
「明日で最後ね」
「え、最後なんですか?」
「えぇ、だから1番難しくしてくるわね」
「あぁ、変化のことですか」
「そりゃそうでしょ、なんだと思ったの?」
「あ、いや、なんでもないです、わかりました、明日も見破りますね!」
「えぇ、楽しみにしてる」
外見の変化には頑張れば気付けるが、内面の変化というのにはやはり、気付口ことはできないものなのだろうか・・・。
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