第11話 怠惰の水曜日
授業が全く頭に入ってこない。いや、違うな、頭に入れる気が全くないのだ。私の頭の中は掃除のことでいっぱいだった。全脳みそが掃除で支配されていた。なんて掃除好きな頭だろうか。模範生の頭の中そのものである。今頭の中を除いたら「全日本脳みそ選手権大会”で優勝候補間違いなしだろう。ちなみにそんな選手権はない。しかしそのおかげで授業はさっぱりだ。数学のノートに黒板1、机2、掃き1、ゴミ1と書いていた時は本当にまずいと思ってハッとした。一見何かの問題のようだが全然違う。下手したら悪口に捉えられかねない。そして今日 1日を費やして私が導き出した答えは3段階の作戦に分かれる。まずは作戦Aだ。これはシンプルに一か八か、掃き掃除の座を狙いに行く。昨日の1番の問題は掃き掃除である小柳が怠慢極まりない舐めプをしてしまったことがやはり大きい。ではまずそこをつぶしに行くことにしよう。そして作戦Bだ。ここからは分岐する。まず、作戦B1だ、何そのビタミンみたいな名前、ちょっと面白いではないか。B1は掃き掃除になった場合だ、掃き掃除さえ早ければ机運びは2人いるんだ、昨日よりははやいはずである。ここには1つ賭けの要素もある。5人のうちの1人に小山内がいる。小山内は絵に描いたような真面目君だ。彼が机運びになればなんとかなるはずだ。問題はやはり小柳だな。あいつが机運びなんてするはずがない。さあどう出る。そして作戦B2だ。これは掃き掃除の座を奪還できなかった場合だ。その場合、諦めて机運びに撤することになるだろう。誰が掃き掃除をするかわからないが昨日の様子を見る感じどうせ小柳だろう。奴が掃き掃除になった場合、もう睨まれるのを覚悟で奴が履いたそばから机を運んで行くしかない。これももはや賭けだ。その結果、睨まれようが嫌われようが蔑まれようが哀れみの視線を向けられようが知ったことではない。私にはもっと大切なことがあるのだ。そして作戦Cだ。なんならここが1番重要である。掃除を一通り終えたら担任を呼んでチェックをしてもらうのだが、これがまた細かいのだ。窓の縁のホコリやら黒板消しのチョーク置場の粉やら、とにかく姑レベルでチェックしやがる。実に面倒臭い。しかしそのチェックポイントは大体いつも同じだ。そこをあらかじめおさえて完璧にしておけば問題はないはずだ。1日考えておいてロクな策が思いつかなかったがやるしかない。負けられない戦いなのだこれは。
空が泣いている。否、泣いているのは私の心だ。なんならいつもより断然足取りは重い。そう、結論から言って失敗したのだ。舐めプをしていたのは私の方だった。作戦ごとに振り返っていこう。まず作戦Aだがこれは奇跡的に成功したのだ。小柳が呆けて窓の外を見ているうちにホウキを獲得することに成功した。それはいいのだ。しかし次の瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。なんと小柳もホウキを手にしたのだ。奴の辞書にルールと言う文字はきっとないのだろう。やだなにあれ、本当にスポーツマンかよ。私の存在などなかったかのようにホウキを持って呆気にとられている私を他所に先に掃き掃除を始めたのだ。これでは必然的に机運びが1人になってしまうため私はホウキを手放した。この時点でもう作戦B2をするしかないのだが、この作戦での賭けは成功した。小山内は机運びを選択してくれた。あとはもうしばかれるのを覚悟で小柳相手に完全マークにつくしかない。だがこれも見込みが甘かった。掃き掃除は基本前に溜まったゴミを後ろに掃いていく事が常とされている。と言うか普通に考えてそうするだろう。ところが小柳は何を血迷っていたのか後ろから窓際のゴミをセンターによ寄せ、廊下側のゴミをセンターに寄せ、センターに溜まったゴミをに後ろに掃くと言うなんとも理解不能な掃き方を披露してきたのだ。全く理解できない。何か意図があるのかと思っていたがおそらく違う。暇な掃き掃除に少しでも違いを見出したかったのだろう。小柳はそう言う奴だ。その予想外の行動に翻弄された私と小山内はまんまと机運びが遅れた。前から掃いてくれないと効率的に机を運ぶことはできない。しかもそんな掃き方をしたものだからうまく掃けておらず最後の担任チェックで床のゴミを指摘されてしまった。小柳は我存ぜぬという顔をしていた。そう、これは掃除との勝負ではないのだ、奴との、小柳との勝負なのだ。小柳を攻略しないことには一生勝てないゲームなのだと悟った。
小柳のせいでいつも足止めを食らっているこの信号を見るとほっとするレベルだ。好きになってしまうではないか。駅員さんも今日はいる。いっそ抱きしめてくれませんか、妙な安心感がある。流石にやめておこう。
「その様子だと、うまくいかなかったみたいだね」
「えぇ、そうですね」
「でも、頑張ったんでしょ」
やめてくれ、今優しい言葉をかけないでほしい。泣いてしまう。
「全然だめでした。作戦を考えて臨んだのですが、何もうまくいかなくて」
「うーん、まあそんなもんよね」
「でも、あと2日あるよ」
もういっそ来週まで待った方が楽なのかもしれない。奴を、小柳を攻略できる気がまるでしないのだ。私の心は折れかけていた。
「でも、また失敗するかもしれないです」
「いいじゃない、失敗しても、やめなければ失敗じゃないよ、きっと」
そんな詭弁を聞いても今の私には大して響かない。実際にやってみるとやはり絶望するのだ、自分の力のなさに。しかしそんなことを彼女に訴えてもしょうがない。
「そうだと、いいですけど」
「大丈夫、なんとかなるよ、あんたなら」
そうだろうか、うまく返事ができないでいた。この時間のために頑張っているのにこの時間を純粋に楽しめなくなっている。
私は、その日初めて彼女の言葉に耳を傾けることができなかった。こんな水曜日は初めてだ。水曜日が嫌いになりそうだった。
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