第8話 暴食の金曜日

 今日は金曜日だ、金曜日というのは週の最後の日である。厳密には週の最終日は土曜日なのだろうが、我々高校生にとっての最後は金曜日だということは言うまでもない。いや、言ってしまったが。今日は彼女に一矢向いてやろうと思う。今週は彼女にひたすらに食料をいただいていた。それに関しては感謝している、決して頼んだわけではないが、まあ受け取ったことに違いはないため感謝はしておこう。しかし問題は昨日だ、昨日は彼女のロシアントラップに見事に引っかかってしまった。結果的には新しい味を知ることができたため、これといって恨みがあるわけではないが、なんというか、してやられたのが気に食わないのだ。彼女の掌の上で見事に転がされていたのがなんとも解せない。あそこまでコケにされたら流石の私も仕返したい気分にならざるを得ない。そこまでコケにされていないって?そんなことはどうでもいい、私はとにかく仕返しがしたいのだ。実際どうしてこんなに仕返しをしたいのか分からない。今までも床に落ちた消しゴムを隣の席の佐々木に拾って渡したら「え、俺のじゃないんだけど、何?」と威圧的な態度を取られて獣に威嚇された小動物の気分を味わったことや、おしるこを飲もうとして1000円札を放り込んだらおしるこもお釣りも出てこなくて自販機に1000円無駄に課金してしまったことがあっても仕返そうとは思わなかった。自販機に仕返しするほど残念な人間ではないのだが。やるなら元手の飲料会社に報復をする。とにかく彼女には仕返しをしなければならないと全ての私が言っている。よし、もうこの際天のお告げで仕返しをしろと言っているからということにしよう、そうしよう。具体的にどう仕返すのかだが、至ってシンプルだ。大量の食べ物を彼女に渡して満腹にしてやって夕飯を食べられなくしてやろうという魂胆だ。なんとも子供らしい作戦ではないか、我ながら見上げたもんだ。子供らしいだろうが、問題はない。そもそも人間いくつになっても童心を忘れてはいけない。いつの時代も純粋な疑問を抱き続けて夢見た者が革新的なものを生み出してきたに違いない。大人になればなるほど知りたくもないことをたくさん知ってみたくもないものをたくさんみて、いつしか当たり前を当たり前だとしか思えなくなってしまうのだ。私も今回のこの作戦において新たな可能性を見出したいと思っている。さあ、作戦決行だ。悪いな信号、今日は貴様とじゃれ合っている暇は無い。信号も「はいはい、さっさと行けよ」と言わんばかりに青く光ってくれた。今日は改札ではなくまっすぐにコンビニに向かった。さて何にしよう。あまり重いものは流石にかわいそうだ、手加減してやろう。しかしある程度ダメージを与えたい。小さくて量があるものにしよう。

 レジに向かう、今日初めて自分以外の人と会話する。

「お願いします」

「お預かりします」

「合計で1080円でございます」

「ちょうど払います」

「ちょうどいただきます」

「レシートはご利用でしょうか?」

「はい、いただきます」

「ところで、これから誰かに会われますか?」

「え、あぁ、はい、まあ」

「そうですか、いえ、失礼しました」

「いえ、どうも、ありがとうございました」

「またお越しくださいませ」

 なんだあの店員、妙なことを聞いてきやがって。それにやけに丁寧な店員だったな。コンビニ店員は勝手な偏見だがあっさりとした受け答えをしているイメージだったからあんなに真摯に丁寧に対応されるとちょっとかしこまってしまう。まあいい、しかしこれで彼女に一矢報いる準備は完了だ。この最強の武器を持って彼女に挑む。

 改札を通り抜ける。今日は駅員のありがとうございますという言葉に少しだけ背中を押された。いつもありがとう、駅員さん、いつか名前をお伺いしたいレベルだ。階段を下りきった。さあ、覚悟してください。

「どうも」

「お、少年、君は本当にいつもこの時間に来る・・・ってあれ?何、そのビニール袋」

「これですか?これは今週ずっと食べ物をいただいてたんで最後にお返ししようと思いまして」

「え、本当に?ありがとう〜、そんなに気が利く人だと思わなかったよ〜」

 相変わらず癇に障る言い方と言葉だが今は我慢だ。ぐっと堪えて私の最初で最後の切り札を出した。

「どうぞ、受け取ってください」

「これは・・・すこんぶじゃん」

 そう、私が見つけた最高の武器はすこんぶである。すこんぶ自体は小さくて軽いがひとつ食べるのにそれなりの時間しゃぶっていなくてはいけない。1袋に10枚ほど入っている。しかもそれを10袋も買ってやった。つまり100枚のすこんぶを彼女におみまいしてやった。さあ、どう出る。

「うそ〜、ありがとう!私すこんぶ大好きなんだよね〜。よく私の好物知ってたね!」

「そ、そうですか・・・よかったです」

 ほ、本当なのか?瞬時に私の攻撃の意図を察して虚勢を張っているわけでは無いようだ。本当にすこんぶが好きなのか・・・そうだ、彼女は素直でまっすぐな人だ、間違いないのだろう。なんということだ、私の脳内では「ちょっと、こんなにすこんぶもらっても困るんだけど、晩ご飯食べられなくなっちゃうじゃん!」という反応を期待していたのに、見事に180度違うじゃ無いか、分度器がなくてもわかるほど見事な角度だ。

「ええ〜、どうしようかなあ」

「どうしようというのは?」

「実はね、私もさっき買ってきたんだ、すこんぶ」

「え・・・そうなんですか」

「しかも5袋」

 なるほど、店員の謎がとけた。確かにすこんぶを1度にこれほど買うひとは稀有だろう。少し前に彼女が買っていたから私と彼女の関係を勘ぐってのあの質問だったのだろう。なんなんだ、あの店員。あの丁寧な接客といい、観察眼といい、何か禍々しいものを感じる。しかし流石に15袋は多いのでは無いか、これは結果オーライなのでは、勝機が見えて来たぞ。

「じゃあ、私が買った5袋、あげるよ」

 とてつもない鈍器で頭を思いっきり、これでもかというほど思いっきりぶん殴られたかのような衝撃を脳内に覚えた。実際そんな衝撃を受けたら即死だろうが、これはいわゆる比喩というやつだ、気にしないで欲しい。そうきたか、ここで断るのは到底できない。彼女は基礎ステータスで貢ぎスキルがSランクなのかというほど食べ物を恵んでくる人だ。お返しともなると絶対に受け取らせてくるだろう。大人しく受け取っておくのが吉だ。

「あ、ありがとうございます」

「でも、いいんですか?せっかく好きなものならたくさん持って帰った方が良くないですか?」

「ううん、いいの、あんたがくれたすこんぶがあるし、それがいい」

「それに私が買ったすこんぶだってあんたに受け取ってもらった方がいいよ」

「誰かにもらったものって自分が買ったものより大切に食べるでしょ、その人のことを思い出したりさ、そういうものが私とあんたの間で交わされたって考えたら、嬉しいじゃん」

 これは、もう私の完敗だ。彼女は端から私を苦しめようという気はなかったのに私は小さな報復を働こうとしていた。そもそもそんなことをしようとしていた時点で私の負けだったのだ。よくみたら彼女が買ったすこんぶのうち2袋は別の袋に小分けされていた。もしかしたら週の最後に大好きなすこんぶを私にもくれるつもりだったのでは無いか。自分がどうしようもなく小さな人間に思えて来た。やはり人間似合わないことをするものではない。改めてそう感じた。そして彼女に心から言おう、今の素直な気持ちを。

「ありがとうございます」

「こちらこそだよ」

 出会っておよそ1週間だが彼女と過ごすこの時間を気に入り始めている私がいた。駅についてから電車が到着するまでの短い時間ではあるがその時間が今の私にとって大切で、その時間を気付けば楽しみにしていた。

「あ、このメロディ」

「電車が来ますね」

「そうだね、だからこのメロディ、嫌いなんだよね」

 嬉しかった、彼女も私と少し同じようなことを考えていた。

「また来週ですね」

「そうだね」

 その日は彼女との時間を思い出しながらひたすらすこんぶを食べながら帰った。そのせいで少し無理して夕食を食べ、大丈夫かと思っていたら案の定食べ過ぎで腹を下した。なるほど、暴食は大罪である。

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