第5話 暴食の火曜日
唐突だが、私は火曜日があまり好きではない。決定的に好きではなくなったきっかけはあまり覚えていないのだが、とにかく子供の時からそうなのだ。思い当たる節はいくつかある。例えば、小学生の時の給食の話だが、火曜日は大抵の場合、牛乳、ご飯、副菜、筑前煮などの煮物もしくは青椒肉絲などの中華料理などが献立としてよく選ばれていたのだ。今ではそれでも十分な昼食なのだが当時の私はハンバーグやエビフライといったわかりやすくメインディッシュと呼ばれるものがない献立はあまり好きではなかった。もうひとつくらい挙げておこう。火曜日は夜のテレビ番組が面白くなかった、という印象がある。アニメもやっていなかったし、バラエティ番組も私が好むような番組はやっていなかった。総じて1日がつまらなかった記憶が強くあるのだ。今でこそ、もう給食もないしテレビも見なくなってしまったのでその点がマイナス効果として私の精神ステータスを下げてくることはないのだが、子供の時に嫌だと思っていたため、未だに良いイメージは持っていないのである。火曜日は悪くない、悪いのは当時の私だ。
例によって信号が変わる。今日は珍しく話の腰を折られなかった。ちょうど話の区切りで変わってくれた。なんだ、火曜日も悪くないじゃないか。今日は駅員はいない。なんなら駅舎の駅員室のブラインドもしまっている。閉店ですか?駅に閉店なんて概念はないか。
「あ、来た来た」
「どうも、いつも先に来てますね」
「まあ、まだ私友達とかいないし、帰りやすいのよ」
それは私も大して変わらないのだが、最終的に自虐しそうな気がしてひどく恐ろしく感じたのであえて触れないことにした。
「昨日はケーキで、今日はなんですか、それ」
「これはね、ルイボスティー、知ってる?」
いつもは私を舐めてるのかこの人、と思ってしまうほどなんでも知っているかどうか聞いてくるから軽く流していたが今回は本当に知らないものが現れてしまった。
「いえ、知らないです、ティー・・・お茶ですか?」
「ん〜、私もそこまで詳しくないけどお茶や紅茶とは違う飲み物なんだって、その証拠にカフェインとかは含まれてないみたいだし」
そうなのか、てっきりお茶の仲間だと思ってしまった。それにしてもルイボスとはなんなのか。そもそも切るところはルイボスとティーでいいのだろうか。ルイボ・スティーだったりするのだろうか。ヘリコプターが実はヘリコ・プターと切るのと同じ感じの言葉だとしたらその時点で仲良くはなれそうにない。まあ、読む時はつなげて読むから大して気にしてないのだが。ルイボスはおおよそ原産となっている地名や原料の植物の名前なのだろう。
「美味しいですか?」
「飲んでみなよ、はいっ!」
そういうと彼女は昨日のケーキと同様にパックのルイボスティーを投げてきた。ナイスキャッチだ、私。250mlのパック、彼女が飲んでいるのはおそらく500mlのものだろう。私にとっては飲んだことないものだから気を利かせてくれたのだろうか。彼女の言動は謎が多い。言葉はちょいちょい心に刺さるものがあるが行動は敬うべきところが見受けられる。相変わらず不思議な人だ。
「ありがとうございます」
側面についているストローをもぎ取り差込口にストローを通し、口にする。なるほど、分からん。
「紅茶・・・じゃないんですか。何かしらの種類の紅茶って言われても余裕で信じちゃいますよ、これは」
「確かにそうかもね、でもなんかさっぱりしててに飲みやすくない?」
ふむ、確かに、余計なものが入っていないというか、植物の味が際立っているような感じがする。植物の果汁80パーセントほどである。植物の果汁ってなんだ。
「そうですね、飲み口は優しくて後を引かない感じがいいですね」
「でしょ〜、あんた、舌は馬鹿じゃないみたいね」
舌は、といったのかこの人は。「は」ということは他の何かは馬鹿だよねってことが言いたいのだろうが、私には他の何が馬鹿なのか見当がつかない。自分のことは案外他人の方が気付くこともあるって現代文で読んだ文章に書いてあった気がするな、うん、そういうことにしておこう。
「これもコンビニで買ったんですか?」
「えぇ、そうよ」
「帰りに食べたり飲んだりするの、好きですね、先週はしてなかったのに」
「そう?ただの気まぐれだけどね」
「というかすみません、2日ともいただいてしまって」
「いいのよ、私が勝手にやってることだし、大体私の方が先に着いちゃうから暇だし」
「あんた、遅いのよ」
「あなたが早すぎるんですよ」
「何か言った?」
たまには言い返してやろうと思った5秒前の自分を殴ってやりたい。やはりこの人に言い返すのは得策とは言えない。もう少しこの人に慣れることから出直そう。
「い、いえ、なんでもないです」
「私が早すぎるって?そんなことないわよ」
なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃないか、なんて言ったらホームに突き落とされかねない。絶対にやめておこう。
「そうですか、まあ実際遅いのは自分の方ですし、何も言えないですね。でもいいですよ、わざわざ買ってなくても」
「いいじゃない、私がしたくてしてることなの。もしかして迷惑とか思ってる?」
「そ、そんなことはないです、はい」
実際のところ大して仲良くない人に大して知らないものをもらっても正直面倒というか、欲しくないと思うこともあるのだが、この人に対しては不思議と思わなかった、昨日も今日も。こんなこと今までにあっただろうか、と頭の中で唱えた瞬間にこの時間に終わり絵を告げるいつものメロディが流れる。
「電車、きますね」
「うん、また明日だね」
彼女と過ごす初めての火曜日はルイボスティーという得体の知れない飲み物の味のおかげで印象に残った。少しだけ、火曜日が好きになれた気がする。
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