第4話 暴食の月曜日
毎度毎度この信号を待っているが一向に仲良くできる気がしない。私はいつも自分と会話をしながらこの信号を待っている。しかしこの信号が青に変わるときは大抵話の腰を折られる。そもそも毎度毎度赤信号っていう時点で仲良くできる気がしない。1度くらい青信号で待たずに渡りたいものだ。この信号の青信号の時間はせいぜい10秒程度。その10秒間に私は遭遇したことがないのだ。まあでもそれはそのはずだ。帰る時間がほとんど毎日同じなのだから。こいつからしてもまたこの時間に来やがったよこいつ、しかも毎度毎度待っている間に虚を見つめて何を考えているんだ気持ち悪い、という信号の心の声まで聞こえる。
しかし今日はほんの少しだけこの場に来るのが遅れてしまった。しかし月曜日は不定期で帰る時間が少しだけ遅くなってしまうのは仕方ないことだ。その最たる要因は7限の授業である。月曜の7限の授業は世界史なのだが、この世界史担当の瀬古が問題である。この瀬古という人間は大の世界史マニアなのである。もちろん教師である以上、教科用図書、通称教科書と呼ばれる冊子に則って授業を進めていくわけだが、授業50分のうちの30分くらいは瀬古の世界史語りが介入してくるのだ。好きなものを語る気持ちは分からなくもない。しかしそのせいでカリキュラムの進行に遅れが生じそうになり、授業時間を延長するのはよろしくないのではないのか。ナポレオンの話をしたときは酷かった。15時10分に始まった授業が16時20分に終わったのだ。あの時はさすがに担任も「お前ら、お疲れ様」とねぎらってくれたことを今でも覚えている。そのせいで私はナポレオンがあまり好きではない。ナポレオン好きの人がいたらその人のことも無条件で嫌ってしまいそうだ。先に謝っておく、あなたは悪くない、ごめんなさい。
なんてことを思っていると信号が青く光ったので駅へと足を進めた。ちなみに今日は駅員がいる。本当に2日に1回なのではないか、しかし今日の駅員は珍しく起きている。珍しく起きているという表現は果たして正しいのだろうか。なんてことを考えながら階段の下に向かった。例の如く彼女はそこにいた。
「私、ナポレオン好きなんだよね」
耳を疑った。この人は私の心が読めるのだろうか。それとも、私に嫌われたいのか。
「開口1番にそれですか、何かあったんですか?」
「だって強いじゃん、私、強い人好きなんだよね」
さすが元運動部、強い人間が好きなのはなんとなく頷ける。確かに彼は「余の辞書に不可能という文字はない」なんて言葉を残しているくらいだ。自信に溢れた英雄だったのだろう。
「まぁ、そうですね、確かに強いイメージはありますね」
「そう言えば、制服、届いたんですね」
「うん、今日から正式に同じ高校ってことで、よろしく〜」
「お、お願いします」
今日も彼女を学校で見かけることはなかった。他の女生徒と同じ制服になったのなら気づかなくても無理はないか。それよりも気になるのは
「ところで、何食べてるんですか」
「見て分からないの?ケーキよケーキ」
この人はもう少し言い方を考えることはできないのだろうか。
「それはわかりますけど、なんでここで・・・」
「なんでって、食べたいからに決まってるじゃない」
彼女はコンビニでよく見かけるカップ型のチーズケーキをこれまたコンビニでよく目にするフォークとスプーンが一体となったようなプラスチック型の食器で食していた。あれはなんて呼べばいいのだ。どっちでもいいか、どっちにしろ間違いではないのだから。コンビニなんてどこに、と言おうと思ったがこの駅は最近改札の前にコンビニが新装オープンされたのだ。こんな半無人駅にどうして、と思ったが我々高校生からしたらありがたい話なのでそれ以上は疑問を持たないことにした。
「欲しがってもあげないわよ、これは私の」
「い、いえ、いらないですよ」
「そ、あんた、食細そうだもんね」
確かに、そんなに食べる方ではない。がなぜだろうこの人に言われると少しムッとしてしまう自分がいる。ここは虚言でも吐いておくことにしよう。
「そ、そんなことないですよ、食べますよ」
「へえ〜、例えば?今日は何を食べた?」
「え、えっと、そうですね・・・」
「何も出てこないじゃない、もうその時点でだめね」
思い出せなかっただけで食が細い認定されるのはいかがなものか、しかし言い返せないことも事実だ。
「そ、そういうあなたは何を食べたんですか」
「朝は牛丼で昼はカレーとおにぎり、んで今ケーキだね、今日の夜は生姜焼き定食の予定」
なるほど、とにかくこの人は日本人だということがよくわかった。朝から牛丼というのはとりあえず置いといてなぜ昼にカレーを食べているのにさらに米であるおにぎりを食べるのか、まさかカレーというのはルーだけなのだろうか。何か言うと怒られそうなのでやめておこう。
「そんなに食べるのに細いですよね」
「ん〜、そうかしら、その分動いてたからね、今までは。これからはまずいかもね」
「そういえば、こっちでは部活はしないんですか」
「ん〜、そうだね、考えてないかな。いろいろ思うところがあってね」
ほんの一瞬、悲しそうな顔をしたような気がしたからもうそれ以上は聞かないことにした。
「そ、そうですか」
「それに、君と話したいからね」
”君と話したい”なんて、そんなこと、初めて言われた。私も誰かにそう思ったことはないが思ったとしても決して本人には言えなかっただろう。この人は
「真っ直ぐた・・・」
「え、何?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「それにしても、美味しそうですね」
考えてみれば、ケーキなんてしばらく食べていない。最後に食べたのは・・・はて、いつだろうか。
「じゃあさ、あんたも食べてみなよ」
「え?」
そういうと彼女は鞄から全く同じものを取り出し私に放り投げてよこした。ケーキを投げるとはなんて人だ。いやそれより
「もうひとつ、持ってたんですか」
「うん、君が来ると思ってね」
「でも、さっきあげないよって」
「だって、これは私のだもん、それは君のために買ったものだから、君のものだよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ〜」
久しぶりに食べたケーキの味は、どこか懐かしく、ケーキのくせに少し温かく感じた。しかし、確かに甘い味がした。
「甘い・・・」
「そりゃそうでしょ。ケーキだもん」
「でも、少しぬるいです」
「はーい、文句言わな〜い」
いつぶりか覚えていないケーキを食し終わった瞬間、また例のメロディが流れる。彼女と過ごす初めての1週間は温かいチーズケーキから始まった。
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