教えてよ! ~陽の彼女と陰の彼~

卯野ましろ

陰能くんと陽田さん

 あれ、電話だ。

 誰からだろう……あ。


「はい、陰能いんのです」

「あ、もしもしインチャン! 良かったぁ~出てくれて!」

「こっ、こんばんは……陽田ようださん……」


 クラスメートの陽田さんは、かわいくて明るいギャルだ。暗い僕とは正反対の人。

 それなのに……。




「なあ陰能!」

「はっ、はい!」


 休み時間に僕が教室で読書していると、イケイケな男子三人組が笑いながら話しかけてきた。


「ブフッ……! こいつ、早速キョドってっから」

「つーかよ、一体どこに向けてインテリぶってんだテメ?」

「バーカ! 誰からも相手にされねーから、本読むしかできねーんだろ?」

「だ~け~どっ! なぜか便所飯はせずに教室でボッチ飯ができるという、妙な強メンタルの持ち主!」

「ギャハハハハハハハハッ!」


 彼らは、僕への感想を好き勝手にぶつけて大爆笑している。それを僕は黙って見ていることしかできない。

 やっぱり、これには慣れるしかないのかな……。

 

「おい、ジロジロ見てんじゃねーよっ! 何か返せよクソネクラ!」


 僕が無反応なのが気に入らなかったのか、一人が僕の机を蹴った。僕は蹴られた場所をチラ見して、だんまり。


「チッ! ケリ入れられてもスルーかよ」

「こいつ、もう病んでんな。学校じゃなくて病院行けし」

「あのさ、お前マジで気持ち悪いよ? それ自分で分かんねーの? なあ?」


 ますます僕のことが憎くなったのか、彼らの怒りと攻撃性が上昇した模様。


「お前ってさ……生きてて楽しいのか?」

「……え?」


 予想外の質問に、僕は思わずポカンとした。でも、質問に応じないのは失礼だ。


「うん、楽しいけど?」

「アハハハハハハハハ!」


 僕が答えると、また三人から笑い声が出た。僕なんかを相手にして怒ったり笑ったり……何だか、かわいそうにもなってくる。彼らは忙しいのか暇なのか、よく分からない人間だ。


「孤立していて、楽しいわけねーべ!」

「ダチも女もいねーのにっ♪ 見栄張るんじゃないよ~陰能くん!」

「いや、こいつインポくんで良くね? 無反応で、女っ気がねーからさ!」

「お、そりゃナイス!」


 あーあ、とうとう変なあだ名を付けられてしまった。


「では改めて~! これからもよろしくな、インポくん!」


 これから僕は、その品も愛もない名前で呼ばれることとなるのか……。


「何だその0点のニックネーム! センスねーな、ダッサ!」


 え?


「ゲッ……!」


 その彼らの驚きは、予想外の否定に対してか。それとも……。

 僕は声の主を確かめようと、振り返った。


「陽田さん……」


 いつもニコニコしている陽田さんは、物凄く怖い顔をしている。


「そんな変な呼び方されて、インチャンかわいそう! いじめてんじゃねーよバカ!」

「す、すいません!」


 彼らは陽田さんのファンなのか、分かりやすくショックを受けている。素直に頭も下げている。


「おい、謝るのはウチにじゃなくてインチャンにだろーが! おめーらアホかよ! 早くインチャンの方、向け!」

「……サーセン」

「声が小さい!」

「……すいませんっ!」


 あの三人が僕に謝るとは。予想外の展開に戸惑いながら、僕は「別に良いよ」と言った。まあ、きっと彼らは下唇を噛んでいるだろう。


「はいはい! おめーらキモいしウザいし邪魔だから、もうどっか行って! ウチはインチャンに話があんの! しっしっ!」

「くっ……」


 あんなに元気良く僕に絡んだ三人組は、しょんぼりして去っていった。


「あ……ありがとう、陽田さん」

「これくらい気にすんなし!」


 さっきまでは少し怖かったが、やっぱり陽田さんには笑顔が似合う。いつもの陽田さんを見てホッとした。


「それじゃ本題ね♪ 連絡先、教えろっ!」

「え!」


 嘘だろ……。

 夢なんじゃないか、と思いながら僕は陽田さんと連絡先を交換した。

 僕の高校生活が、一気に明るくなった。これから変わっていくだろう……と登校が楽しみになっていたのに。

 「緊急事態宣言」

 これにより、しばらく陽田さんに会えないこととなった。




 ……と淋しくなっていたら、まさかまさかの陽田さんからの電話。


「いや~家にばっかいるとか、つまんないね! 早く学校行きてーわ」

「そ、そうだね……」


 僕は学校に行きたいのではなく、君に会いたいだけなのですが……。


「ねぇインチャンさ、ウチに会えなくて淋しいでしょ?」

「う、うん」

「……マジ?」

「は、はいっ! もちろん!」


 あ、ちょっと気持ち悪かったか?

 でも嘘はつけないし……。

 陽田さん大丈夫かな。

 不快になっていませんように……!


「……へー。何か嬉しいんですけど!」

「あ、ありがとうございます!」

「プッ……ちょっとー、インチャンがお礼言っちゃうとかウケるわ~。ウチの方こそ、ありがとうだし!」


 良かった、気にしていないみたいだ。


「ところで質問なんだけど!」

「あ、な、何?」

「おうち時間の良い過ごし方……教えてくんね? ウチ基本アウトドアだから、いざインドアってなると困ってさ」

「え、え、僕が!」

「そこテンパるとこ~? だってインチャン、オタクっぽいから何か良いアドバイスもらえないかな~って思ってさ」

「……え……」


 オ、オタクか……。

 確かにそうだけど……。

 陽田さんにハッキリ言われると、ちょっとダメージあるな……。


「あ、わりぃわりぃ! オタクって、悪口じゃねーかんな! 傷付くなよ!」


 でも本当に優しいな~。


「だ、大丈夫! 気にしません! えっと、それじゃオススメの漫画とかで良いかな?」

「うん! 教えて!」


 それから、しばらく僕の熱(苦し)い作品語りが始まった……。ちょいちょいオタクの悪い部分が出てしまったが、それでも陽田さんは笑って聞いてくれていた。


「うん、ありがとな! マジ助かった! これで暇しなくて良くなった!」

「いや、こちらこそ……僕なんかを頼りにしてくれて、ありがとう。というか、ごめん。僕のせいで通話料かかっちゃって……。休み明けたら、お金返すよ」

「インチャン、マジ気にし過ぎだから! ウチならバイトしているし大丈夫。あっ! 落ち着いたらバイト先、来いよ! ウチらの高校から、一番ちけぇマスバーガーな!」

「うん、絶対に行くよ!」

「おーし、約束な! また今度、電話するから! インチャンもウチに連絡くれよ~」

「うん、たくさん話せて楽しかったよ」

「……じゃ、コロナになんなよ! お休み!」

「陽田さんも。またね」

「はいはーい」


 陽田さんの明るい声で、通話終了。

 ……良かった、オタクで良かったな僕! オタクだったから、陽田さんが頼りにしてくれたんだ! 例え良いように遣われていたとしたって(陽田さんは違うと信じたいが)、それでもOKだな。あー、次に話せるのはいつかな……というか僕から連絡するか! ……いや、さすがに早過ぎか? うーむ。




 キャー!

 やっとインチャンとガッツリ喋れた!




「あ、あの……」

「へっ?」


 高校の入学式当日。ウチが初めて出会ったのがインチャンだった。


「これ、落としましたよ」

「あ、ウチのウチの! ありがとー」

「ど、どういたしまして……」


 そのとき、彼の柔らかい笑顔が時を止めた。

 何……何なん、この人!

 ピュア!

 かわいい!


「それじゃ……」

「いや、待って!」


 ウチに落とし物を渡して、すぐに後ろを向いてしまった彼を呼び止めた。


「え?」

「名前、教えて!」

「……陰能です……」


 陰能くん。


「よし、インチャン! クラスは?」

「に、二組……」

「わっ、一緒じゃん! 行こーぜ!」

「へっ?」


 慌てる彼を見て「あ、ウチやっちゃったかな……」と思ったけど、それでも優しい彼はウチに合わせてくれた。

 ずっとずっとインチャンは優しい。

 大人しいのに、押しが強いウチを受け入れてくれる。


「……はあぁ~!」


 連絡先、聞き出せて良かった!

 てかマジで優し過ぎだよインチャン!

 何回も何回も、お礼とか言っちゃうし謝っちゃうし、かわいいっ!

 言葉を選ばなかったバカなウチを許してくれるなんて……本当に、ごめんね!

 好きなことに熱心なインチャン最高だよ。かわいいよ!

 てかウチが電話かけたの喜んでくれた……ウチと会えなくて淋しいって思ってくれた!


「はぁ……」


 でもインチャンって、きっと自分に自信がないよね……。もしかしたらインチャン、ウチに「遊ばれている」とか勘違いしているかも。ウチに合わせてもらっちゃってばかりだし。

 ……こうなったら!

 ウチはコスメや雑誌を漁った。

 次インチャンに会う日までに、もっとかわいくなろう。そしてウチはマジって分かってもらうんだ!

 あ、もちろんインチャンのオススメもチェックしなきゃね。もっと楽しく話ができるように……。今度はウチがインチャンに合わせる番だ!

 おうち時間を使って、インチャンに相応しい女になってやる!

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