第6話



 ある日の正午、私は共同家屋のキッチンで静かに頭を抱えていた。それは別に、何も特別な理由によるものでは無い。ただ単純に、食材がなかった。食材を買うお金がなかった。


「あの中年親父に頼みますかね」


 宰相殿は非常に気持ちの悪いおじさんだが、気前は良い。欲しいと言ったものは大体くれる。しかも、彼はそれを貸しだと思っていない。本当にくれるのだ。権謀術数以外にも、多少の人望が無いとトップの位置まで上り詰めることは出来ないと言う、良い例のように思えた。


「ですが、あまり会いたくないんですよねぇ」


 宰相殿のは可能な限り、会いたくない。頼る分には構わないが、とにかく会いたくない。近づきたくない。中年親父だからとか、禿げてるからとかではなく、あの邪悪な人間性に触れたくない。

 何かを得るためには、時に我慢も必要だと言うことくらいはわかっている。様々な場面で学んできたことだ。

 私はその時、一つの美しい結論に至った。


「よし。師匠に我慢してもらいましょう」


 少しくらい食べなくったって、人は死なない。まとまったお金が入るまで、あと三日。うん。全く問題ないな。いざとなればその辺の草や虫を食べれば良い。軍学校時代に叩き込まれたサバイバル術を師匠にお披露目する良い機会だ。

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だいぶ 夏目りほ @natsumeriho

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